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正義と微笑

numb_86のブログ

社会や人生のレール 2016年9月の活動報告と今後の方針

フツーのヒト
  • 『Food Health』APIを公開
  • そのAPIを利用したデモを作成
  • その他、フロントエンドについて細々と勉強
    • BabelやらReactやら。
  • 健康診断を受ける
    • 2年ぶりくらいに受けたら、各種指標がオールグリーンで、なぜか健康優良児になっていた。
  • ランニング
    • 5回走って25キロ。雨やら何やらであまり走れなかった。


9月はネットの一部で、浅はかな若者がレールから降りたとか降りてないとかで、大変に盛り上がっていた。
若者が「レールに乗った人生は嫌だ」と叫ぶのはよくあることであり、その意味ではむしろレールにしっかり乗っている感があるが。
レールは嫌だと叫びながらより劣悪なレールに乗り換え、しかもそのことに無自覚だから、滑稽に見えるのかもしれない。

それはともかく、確かに若いうちは、ありきたりな人生に退屈や苦痛を感じやすい。
就職、結婚、マイホーム、定年退職、そういったものに理由もなく縛られたくはないと思う。
自分も、身に覚えがないわけではない。

だけどある程度長く生きて、いろんなものを見聞きすると、むしろそのような「定番の流れ」に沿っていたほうが、幸せを得やすいのかもしれないと思うようになった。
大多数の人間にとっては、不自由さや窮屈さを感じても「定番」や「常道」を追いかけたほうが、満足度の高い人生を送りやすいのかもしれない。

伝統的な「家族」や「会社」から離れて「自由」になったつもりでも、その結果、より大きな苦難がやってきてしまう。

常に現状が完璧であり最善、というわけでもないが、慣習になっているものや多数派になっているものには、それなりの理由がある。近視眼的に否定してしまうと、手痛い反撃を受けるように思う。

まあ実際に社会に出てみると、人間の人生は多様であり、コントロールも効かないし、そもそもレールなんか無いのだということを思い知るのだけど。

個人の人生だけでなく、社会制度にも同じことが言えると思う。
現行の法制度や社会規範は、ネット上ではあまり評判がよくない。特に、意識の高い、先進的な方々からは、すこぶる不評だ。
家族のあり方とか、働き方とか。

だけど、封建的で旧態然としているように見えるものでも、実はそれ相応の理由があって、そうなっているのかもしれない。
あるいは、より大きな弊害を防ぐために、(相対的に)小さな弊害を受け入れているのかもしれない。

確かに古臭い因習であり自分たちに苦痛をもたらしているけど、それを取り除いたらもっと大きな苦痛がやってきてしまった。
そんなことがありふれているような気がする。
屋根裏のネズミを駆除するために家を丸ごと焼いてしまう感じ。

現行の社会規範とかなり距離を取っており自ら新しいライフスタイルを実践しているphaさんですら、そういったものの難しさを語っている。

いろいろ書いてきたが、あくまでも一般論というか、肝心の自分自身は「常道」を歩いていけないだろうなと感じている。
どうしても無理だ。高校は中退しているし、新卒で入った会社もさっさと辞めて無職になってしまった。
「定番のコース」とはどうにも相性が悪いと感じている。難しいところだ。

心地よい開発と素振り

Food Health API を利用したデモを公開した。

フロントエンドを一から書いたのは久しぶりだが、以前に比べれば格段にいい設計で書けるようになった。
書き始める前の時点で、(以前に比べれば)スマートな設計を考えることが出来るようになったし、書いている途中でも、「ここはこうしたほうがスマートだな」と分かるようになった。
本当に出来る人からすればまだまだだが、自分なりに、保守性や拡張性、再利用性というものを、感じ取れるようになった。

これは知識というよりは感覚に近いかもしれない。
頭でうんうん唸って捻り出すのではなく、感覚で感じ取る。緻密に検証して判断するのではなく、直観。
プログラムは全て個別なのだから、当然かもしれない。
全てケースバイケースだから、最適解もそれぞれ異なる。それを判断する能力は、知識というより感覚といったほうがしっくり来る。もちろん、土台には知識があるわけだが。

そのおかげで、このデモは比較的楽しい気分で開発できた。

いい設計で書ければ、気分よく開発を進めていくことが出来る。
ストレスを抱えずに済む。本質的ではないことに気を煩わされることがない。頭を悩ませなくていい。

バグやデグレへの不安、加速していく複雑度、理想的とは言い難いデータの持ち方……。
何か懸念や危機感、後ろめたさを持っていると、そっちに意識を持っていかれてしまう。
目の前のコードを書いているつもりでも、意識の2割くらいは、懸念に気を揉むことに使ってしまっている。

正しい設計が出来ていれば、そういうことに頭を悩ませることなく、目の前のコードに集中できる。
後ろを気にすることなく、思い切り走ることが出来る。

そして、「正しさ」を感じるための感覚は、日々の素振りによって培われる。
失敗を繰り返すことで学習を積み重ね、自分なりの感覚が養われる。
経験の量と幅を増やしておくことで、技術書を読んだときの吸収効率がよくなる。あまり馴染みがない分野だと、どんなに含蓄のある言葉でも、いまいち響かない。だが自分なりの手痛い失敗事例があったり、問題意識を持っていたりすると、すぐにピンとくる。そのため、普段から色々と経験しておけば、学習効率がよくなる。

こうして、地道な素振りを日々ひたすら繰り返すことで、感覚は育っていく。
そしてそれこそが、心地の良い、楽しい開発をもたらしてくれる。