正義と微笑

numb_86のブログ

ミアシャイマーとウォルト

 以前、テニュアがどうとかいう話をしました。今回は、研究職と終身雇用についてのお話。

結論から言うと

日本は論文を書かない研究者が多すぎる。

これに尽きると思います。

http://d.hatena.ne.jp/what_a_dude/20100226/1267162377

 流し読みですが、どうやら、ろくに論文を書かない不届き者がいるようです。たしかに研究職というのは、一度就職してしまえば安泰ですからね。論文という「ノルマ」や「数字」を獲得しなくても、仕事を失うことはない。そう考えると、すごい世界ですよね…。ろくに研究していなくても、クビになることはない。好きなときに、好きなことを研究できる。もちろん実際には、大学の教員として様々な仕事があるのでしょう。それでも、上記エントリによれば、終身雇用に胡坐をかいて怠けている人が多いのは事実のようです。けしからん。許せませんな。
 だけど、話はそう簡単にはいかないわけで。終身雇用だからこそ安心して、集中して、研究対象に打ち込めるという側面もあるのです。研究活動が保身や損得勘定に左右されているようでは、論文の質は下がっていくばかりです。アウトプットされる論文の質を維持するためには、研究に邁進できる環境が用意されているべきでしょう。

よって、一日目の講演会の最後のコメントしてあったのは、大学で終身雇用(テニュアと言う)がなければ、私たちはこのような研究を発表できなかった、として、その重要性を訴えていたことです。


たしかに今回のような政治的に微妙で批判を受けるような分野を研究して発表するということは、とにかく身の危険の保障がないとやっていられません。しかしその一方で終身雇用をいいことに研究を怠けてしまっている学者もアメリカには多いとのことです。これはどの国でも一緒ですな。

http://geopoli.exblog.jp/7720523/

 ミアシャイマーとウォルトはアメリカの政治学者なのですが、共著で、イスラエルロビーを批判する書籍・論文を発表しています。イスラエルロビーはアメリカでは長年の間タブーでした。そのタブーを正面から破れたのは、やはり、二人がテニュアとして身分が保障されていたというところが大きいと思います。言論の自由が保障されているからこそ、言いたいこと、言うべきことを、堂々と言えるのです。

 終身雇用が怠惰や既得権を生み出しているのは事実でしょう。フリーター博士が大量発生している要因の一つは、老人たちがポストを独占していることだと思います。だけど、「成果主義」さえ導入すれば解決するかといえば、そうではないはずです。「成果」ばかりを追い求めたり、「評価」を落とすことを避けたりすることで、研究の質が低下していくことは、容易に想像できます。

 「秩序や公共性」と「競争による選別や効率化」をどうやって併存させていくか。これはどんな分野でも共通して抱える、永遠のテーマなんでしょうね。