正義と微笑

numb_86のブログ

トビラノムコウヘ


 『ビデオメイトDeLUXE』終刊 - 雨宮まみの「弟よ!」


 長文だけど、面白かった。

私は「ラクに生きてもいいんだ」と気づいて、とてもびっくりした。苦労していやなことやるのがお金をもらうためのただひとつの道だと思っていたからです。

 この人がどういう人生を歩んできたのかは知らない。最近のエントリを読むと33歳のようだが、いつライターになったのだろう。それまでは何をしていたのだろう。
 前も書いたが俺には「やりたいこと」はない。見つけられるに越したことはないが、見つからなくてもいいかな、とも思う。
 それよりも俺は、上記のエントリで言うところの「生きている実感」が欲しい。
 価値観の問題なのだろう。もっと別の感覚で、生きていきたい。
 新しい世界で生きていきたい。違う世界に、踏み入りたい。
 転職も考えるけど、それ自体は重要ではないような気もする。今とは全く異なる価値観を得られれば、仕事は、今のままでいいのかもしれない。

ライターになる前の自分は、たのしくなかった。何かを好きになったり、何かに感動したりはしていたけれど、ライターになる前の自分は、ほんとうには生きていなかったのと同じだと、今は思います。

 「あの頃の自分は、生きていなかった」という感覚は、俺も抱いたことがある。19歳の頃かな。
 小中学と優等生で、勉強だけが取り柄の冴えない男をやってたけど、高校進学と同時にドロップアウト。その後はバイト先と自宅の往復の生活だったんだけど、バイトも辞めて、引きこもってた。18歳になるかならないかぐらいで一念発起、外に出るようにして自分なりにリハビリし始める。その頃、15歳ぐらいまでの自分を振り返って、「空っぽの人生だったな」と強く思った。
 今の俺は引きこもりで買い物もまともに出来ないけど、それを克服しようと自分で考え、動いてる、それに比べるとあの頃の俺は、何もなかったな、眠っていたようなものだ。
 そんな風に思った。
 今のこの俺も、後から振り返ったら、「眠っていたようなもの」なのだろうか。たしかに、ひどく盲目的ではあると思う。何も考えずに今の会社に入り、目の前の仕事に追われてる。仕事が嫌で、月曜の朝はひどく憂鬱だ。そういえば、小学校や中学校も、毎朝行くのが苦痛だったな。大学時代は、社会に適合するためにいろいろ大変だったけど、苦痛は感じなかった。自分の意思で、前に向かっていくべく努力していたからだろう。
 小中学、そして会社員の俺は、嫌だ嫌だと思いながら生きてる。退化しちゃったのかな。大学時代から。

 その数ヶ月後の夏のおわりにニューヨークの同時多発テロ事件があって、私は生まれてはじめて強烈に「死にたくない」と思いました。ツインタワーに都庁が重なって、報道の映像に地下鉄サリン事件の記憶が重なって、本気で「東京にいたら死ぬかもしれない」と思った。
(中略)
 ただ、いちどでいいから「生きている」という実感を持ちたいという、そのことでした。生まれてはじめて「死ぬかもしれないという恐怖」が「恥をかくかもしれないという恐怖」に勝ち、ずうずうしかろうがなんであろうが、なりふりかまっていられない気持ちになりました。

 理屈では分かってるけど、「いま死んでしまうかもしれない」という感覚を抱いたことは、まだない。
 だけど、少しだけ考えさせる出来事は、最近あった。
 最近前任者から引き継いだばかりの顧客なのだが、急に倒れたらしい。
 俺はその人と一回しか会ったことないから顔も覚えていないのだが、気のいい、普通のオジサンだった気がする。次の月にそのお客さんのところに行ったら、店が閉まってた。名刺だけ入れて帰ったのが、その後奥さんから電話があり、ご主人が入院したことを知る。
 翌日ご自宅を訪ね、奥さんと話をした。何でも、脳卒中だか何だかで、急に倒れたとのこと。友人と一緒だったからよかったが、119番が遅れていたら手遅れだったかもしれないらしい。一命は取り留めたのだが、意識はまだ戻っていない。根掘り葉掘り聞くわけにもいかなかったから分からないが、命に別状はないが、意識の回復は難しいようだ。
 さっきも言ったけど、俺はこのお客さんたちのことを全然知らない。だから特に思い入れもありません。だけど、少しだけ、死を意識した。人間、いつどうなるか分からないよね。仕事中にカブで事故るかもしれないし、このまま今の仕事を続けていれば本格的に鬱になり、心が壊れてしまうかもしれない。
 そう考えると、このまま生き続けるのがアホらしくなってしまった。目の前の仕事を嫌々こなしながら過ごす日々…。もしここで死んだら俺は、絶対に後悔する。未練が残る。
 違う生き方をしてみたい。いや、したい。

私は死んでもいいほどちゃんと「生きた」とは、まだ言えない。

 俺もだ。俺もまだ、生きてはいない。上手く言えないけど、「没入」したい。意識に深く入り込んで、自分の感性と感覚に忠実に、過不足なく毎日を過ごしたい。違和感なく。
 今の俺の生活は、齟齬感ばかりだ。何かが違うという感覚を拭い去れない。違和感を感じながら、鬱屈と過ごしてる。


 何れにせよ、俺は逃げちゃいけないんだ。
 疲れたとか、めんどくさいとか、仕事つらいとか、そんな気持ちに負けて怠けていてはいけない。前を向いて、人生をよりよいものにすべく、足掻く。新しい世界に旅立つために。逃げるな。言い訳するな。
 前を向いて。気持ちを切り替えて。解釈を変えて。突破口を見出して。奇抜な策を打ちまくってみたりして。
 そうやって何とかして、新しい生き方を見つけたい。今の俺は完全に、行き詰っているのだから。


 17歳の俺は、自分の運命を変えるために動き出した。その結果、まあ、少しはマシな人生になったと思う。いい思い出も、少しだけある。小中学生の時のまま、優等生として生きていたらと思うと、ぞっとする。ろくでもない人生だったろうな。
 あのときとは、状況が違う。自分で自分の食い扶ちを稼がないといけない。休むことは許されない。自分のペースで、なんて考えも通用しない。働きつつ、それと並行して新しい道を探さないといけないのだ。
 それでも、やろう。あのときも、何とかなった。俺は何も持たない引きこもりだったが、多くの人に助けられ、ここまで来た。また、戦おう。