正義と微笑

numb_86のブログ

たまには営業マンっぽいことを書いておくか

 日報。
 これの存在意義が分からない。何なの、これ?
 その日の結果や進捗状況を言葉としてまとめる。それを上司と共有する。そういった意義があるのは認めるけど、実際のところは、日報のための日報になってしまってる。
 やれ書き方が間違ってる、やれ必要な情報が書かれていない、やれ体裁を満たしていない…。毎度毎度の書き直し、再提出。時間のムダだろう。そもそも書きたいこと、書くべきだと思うことを書けないのだから、意味がない。体裁のためだけに書いてる。


 前から不満だったけど、先日の視察でその思いを強くしてしまった。
 1ヶ月、いや2週間前ぐらいだったかな。上層部の偉い人が来た。俺とは普段接点のない、本当に偉い人だ。うちの店の営業部署が仕事してるか、見に来たらしい。とりわけ、日報や実績表などを細かくチェックされた。それで、文句を言われたわけだ。ぜんぜん整備されてないし、ろくに書かれていないと。もちろん、矢面に立たされたのは俺たちの上司で、俺たちが直接言われたわけではないけど。
 そもそも、なぜ日報やら実績表やら予定表を書くのか。営業活動の質を高めるためだろう。闇雲に動き回るのでは、効率が悪過ぎる。そこで、日報によって成果や進捗状況を管理したり、実績表でこれまでの実績を把握したりすることで、効率的に営業活動を行えるようにする。それは分かるよ、うん。
 だから、現場の人たちがそういったツールを活用してるのかチェックするのも、分からなくはない。分からなくはないんだよ。
 でも実際は、さっきも言ったように、日報のための日報になってる。日報を書くこと自体が目的というか。俺たちの仕事の質を高めるためじゃない。効率化を図るためでもない。それが義務だから、日報を書くんだ。今回みたいに偉い人が来たときに文句を言われないために、書く。
 現場の人間を縛る存在になっている。そう思えてならない。自分たちの営業活動をサポートするために書くのではなく、義務や要件を満たすために嫌々書いてる。時間を削って。本来は仕事の質を高めるためのものだったはずなのに、いつの間にか、上司や上層部を納得させるためのものになってしまっている。

どうすれば改善できるか

 文句ばかり言ってても仕方ない。どうせ嫌でも日報は書かなきゃいけないんだ。時間や労力を割いて。だったら、工夫して、少しでもいいものにしよう。
 期待されている要件を満たしつつ、それでいて、自分のためにもなるような日報。それがベストなんだよな。両方を満たす。義務で嫌々書くのではなく、自分の仕事の質を高めることになるから、書く。それが同時に、義務を果たすことにもなる。そういう仕組みを作り出したい。
 いろいろ試行錯誤してみます。
 その過程や結果は、そのうち書くかも。というか、書こう。そう決めておかないと、どうせ試行錯誤なんてしないから。目の前の仕事に忙殺され、惰性に流される。遅くなってでも、必ず書こう。