正義と微笑

numb_86のブログ

ついに資本主義の壁を越えるのか

 発明するよりも、それを事業化することの方が難しい――。

 どんなに素晴らしい発明品でも、ビジネスとして採算が取れていなければ商品としては成り立たない。
 カネ、利益、それが全てだ。仕方ないよ、資本主義だから。採算が取れないような分野は、国とかNPOとかに頑張ってもらうしかない。でもそれも、限定的。経済的な価値を生み出さないものは、メジャーになりにくい。俺たちが生きているのは、そういう世界だ。


『とうちゃんはエジソン』


 まだ10代の頃に見たドキュメンタリー。

加藤さんの作る福祉用具は、それぞれの障害の事情に合わせたオーダーメイドであるため、手間がかかり大量生産が難しい。加藤さんの作るモノは“世界でたったひとつの発明”である。


 何年も前だから記憶があやふやだが、確か作品の中でも、事業化の話が出ていた。どこかの社長か何かが、加藤さんのもとを訪れる。しかし結局、事業化は断念。その場面で、冒頭に書いたエジソンの格言が紹介された。そんな内容だった気がする。加藤さんのつくる作品は、ひとりひとりのニーズに合わせてつくる。でもそれじゃ、利益は出せない。利益が出せなければ、事業を継続できない。それがこの世界を規定するルールだ。


 市場原理主義というか効率至上主義というか。そこから逃れるのは容易ではない。


 どの領域でもそうだ。経済や効率以外の価値があることなど皆わかっているけど、どうしても流されてしまう。あらゆる領域が、「経済のルール」に侵食されてゆく。


 卑近な例で言えば、出版。一時期、『衣服哲学』(これね)という本をどうしても読んでみたかったんだけど、とっくに絶版になってて苦労した。その当時は中古もなかなか見つからなかったし。
 こういう素晴らしい作品をなぜ復刊させないんだと思ったが、まあ、仕方ない。売れないんだもんね。ニーズが無い。
 残念だけど仕方ないよなー、それが資本主義の限界だよなー、そんな風に考えてました。


 でも、もしかしたら今、その限界は取り払われようとしているのかもしれない。
 ネットワークの発達や若者の価値観の変化によって、社会は大きく変わろうとしている。
 所有から共有、ブランドよりオーダーメイド、ステータスではなくライフスタイル、画一ではなく多様性。薄っぺらい言葉でしか語れなくて申し訳ないんだけど、やっぱり世の中は、変わりつつあるように思う。これまでのルールとは違うルールで、動いている。技術がそれを可能にしたし、時代状況に我々が適応し始めている。
 画一的な市場ではなく、それぞれが個別に、自分がいいと思ったもの利用する、そういう時代が到来しつつあるのではないだろうか。
 さっきの出版の例だって、電子書籍とかそのプラットフォームとかが発達していけば、解決するんじゃないの?


 これまでのルールでは成り立たなかったものが、成り立つようになるのかもしれない。人の目に触れなかったもの、必要な人のもとに届かなかったもの。そういったものがこれからは、存在しうるようになるのかもしれない。