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正義と微笑

numb_86のブログ

アナーキズムとソーシャルメディア革命

 ソーシャルメディアなどの技術の発達により、新しい生き方が可能になった。特に20代、30代の中から、これまでとは違う生き方をする人たちが現れてきている。会社に縛られず、常識に縛られず、自由に自分らしく生きようとする人たちが。彼らはまだ主流派ではないだろうが、働き方やライフスタイルが多様化してきているのは間違いない。レールから降りようと思えば降りられるようになった。


 我々は自由になりつつある。無理に「社会人(=会社人)」にならなくても、自由に個人として生きていけるようになりつつある。
 そしてそれは、(一部の)アナーキストが夢見たユートピアそのもの、なのかもしれない。そんな風に思った。


 あらゆる権力や強制を否定するアナーキズム
 彼らが志向するのは、完璧な意味での自由な世界。何の区分も縛りもなく、個人の自由が完全な形で許されている世界。ジョン・レノンの『イマジン』のような世界。
 だが現実には、一切の権力を放棄することなど出来ない。そんなことをしても、そこに現れるのはユートピアなどではなく、別の新しい権力か、混沌(「万人の万人に対する闘争」のような)だけだろう。


 しかし現在起こりつつある変化は、アナーキズムが夢見た理想を実現させようとしているのではないか。
 もちろん、日本が無政府状態になったわけではない。警察権力を含む国家権力が廃止されたわけでもない。そんなことは今後も起こらないだろう。
 だが、「会社や常識に縛られず、自分のルールで個人が自由に生きていくことが、可能になりつつある」という意味では、アナーキズムが実現しつつあるのではないか。
 もはや会社に縛られる必要はない。統一された価値観や常識に嫌々従う必要もない。自由に生きたければ自由に生きればいいのだ。それを可能にするための手段が、いくつも用意されている。
 無論、組織に縛られず個人で生きていくということは、言うほど簡単ではないだろう。「才能のある者」や「強い個人」にしか、出来ないことかもしれない。「自由」や「自分らしさ」よりも「安心」や「世間」を望む人も、まだまだ多いと思う。そういった人たちは、これまで通りの生き方をすればいい。ここで重要なのは、「どちらの生き方も選べるようになった」ということだ。これまでは、自由に生きようとしてもそれは非常に困難なことだった。今、「自由」へのハードルは明らかに下がってきている。


 チュニジアジャスミン革命のことを「ソーシャルメディア革命」と呼んだりするらしい。いま日本で起きているのも、まさに「革命」ではないだろうか。人々の在り方が、生き方が、変わろうとしている。既存の働き方、考え方を、覆そうとしている。
 しかし、その担い手たち、変化の当事者たちに、そんな自覚はないだろう。彼らは無論アナーキストではないし、何らかの思想信条を持って社会変革を目指しているわけでもないだろう。恐らく。ただただ、自分らしく、自分が正しいと思うことや好きなことをやっているだけだろう。自分なりのライフスタイルを追求しているだけだ。


 技術やネットワークの発達、国家の衰退による福祉や終身雇用の崩壊、低成長が長く続く時代…。そういった現実に適応していくうちに、彼らは新しい生き方を確立し始めた。かつてのアナーキストたちが夢想し、目指したものを、なんの気負いもなくあっさりと、実現しようとしている。
 結局、「革命」やら「変革」などというのは、主義主張が浸透して実現されるのではなく、状況への適応の結果として現れてくるものなのかもしれない。



アナーキズム―名著でたどる日本思想入門 (ちくま新書)

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