正義と微笑

numb_86のブログ

ネットを使った間接民主主義の強化

 前々回、議会制民主主義について述べ、(直接民主主義と比較して)間接民主主義が優れているという私の考えを書いた。
 だが、現行の間接民主主義は完璧ではないし、上手くいっているとは言い難い。
 ネットを役に立てることは出来ないだろうか。インターネット投票のように直接民主主義に舵を切るという形ではなく、間接民主主義を強化するという方向性で、ネットを活用できないだろうか。


 ちょっと考えたのだが、政治家やその志望者の活動を逐一流すサービス、ってのはどうだろう。
 我々は「政策」の是非を投票するのではなく、「政治のプロ」を複数選出し、彼らに個別の政策について議論してもらうのだ。それが議会制民主主義だ、そう書いた。しかし、「政策」ではなく「政治家」を選ぶにせよ、彼らが何をしているのか、我々は知らないのが実情だ。投票しようにも、彼らがどんな人なのかよく分からない。
 マスコミは報じないから。
 自力で調べればある程度は分かるが、そこまでやるエネルギーは持ってないのが現実。


 だからこそ野党は、スキャンダルの追求に励むのだ。まともに「政治」をやっても国民は評価しないから。「政治」をマスコミが伝えないから。国民には伝わらない。


 スキャンダルなら、マスコミは報じてくれる。それどころか、スキャンダルをつくりだそうとすらしている。
 鉢呂前経産相を巡る一連の報道。その直後にはこんなのもあった。
 後者の報道に対するツイートとして


 というものがあったが、私も同じ気持ちだ。歴史観について議論する分には構わないが、マスコミのスタンスは明らかに、「無理矢理にでも「問題発言」をつくってやるぜ」というものだ。呆れてしまうし、マスコミのレベルの低さに閉口する。
 だけどそれは、有権者も共犯なのだ。スキャンダルなら盛り上がる。「政治」よりも「失言」を優先するのは、有権者も同じ。先程の石原伸晃の報道に対しても、伸晃と慎太郎の区別もついてないような人たちが、偉そうに批判的なツイートを流していた。
 国民は、真面目な議論よりも、わかりやすいスキャンダルを好む。それに飛びつき、叩き、溜飲を下げる。そしてマスコミは、安易な商業主義に走り、わかりやすくて喜ばれる記事ばかり配信する。両者は共犯関係にあるのだ。


 こんな状況では、政治家は、スキャンダル合戦やパフォーマンスに走ってしまう。


 政治をやっても評価されない。誰も見向きもしない。そしてそのことに有権者が無自覚。そこが、閉塞感や行き詰まりの原因だったりするのではないだろうか。政治家を、きちんとした「取り組み」で判断していく。そういう文化を定着させていくことで、少しは前に進めると思う。日本の民主主義もまともになるはず。


 そういった文化を定着させていく上で、マスコミはまったく役に立たない。それどころか、そういう文化に逆行する存在であり、退廃や堕落の象徴のようにすら思える。先ほど書いたように、スキャンダラスな報道ばかり繰り返し、安易な道へ有権者を引きずり込もうとする。
 既存のマスコミではダメだ。


 ネットで、新しいメディアをつくれないだろうか。政治家の活動を随時発信していくメディアを。デザインとしては、ツイッターのタイムラインみたいなものをイメージしている。どんどん流れてくる。もちろん、政策のジャンルごとに検索できるようにする。自分の選挙区の人間を調べるために、人物の側から検索していくことも出来る。


 もちろん、誰がやっても情報にバイアスがかかってしまうことには、注意する必要がある。できるだけ価値判断を行わず、事実のみを伝えていくようにする。


 「政治」に関心はあっても知識がない、調べるのは面倒、そういう人は多いのではないだろうか。私もそうだ。だからこういうサービス、メディアにはニーズがあると思うのだが、どうだろう。それとも私が知らないだけど、既に近いものがあるのだろうか。



追記


Life is beautiful: 虎の尾を踏んだ鉢呂大臣


 ここに書かれているのが事実なのか、私には分からない。だけどもし事実なら、鉢呂大臣がこういう取り組みをしていたことを、私は全く知らなかった。多くの国民も知らないだろう。やはり、既存マスコミの代わりに本来の報道の役割を果たす、「何か」が必要なのでは?