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正義と微笑

numb_86のブログ

あれから10年、そしてこれからの10年

 ちょいちょいブログやツイッターに書いてるけど、俺は昔、ひきこもりだった。対人恐怖症で、コンビニに行くことすら間々ならない。意を決してコンビニに突撃しても、店内で誰かが談笑しているのが聞こえてくると、俺のことを笑っているのではと不安になってしまう始末。自意識過剰だと頭では分かっていても、心が追いつかない。
 俺は、自分の青春の全てを、そんな不甲斐ない自分を変えることに費やした。必死になって足掻いた。


 そんな時に役に立ったのが、インターネットだった。
 それなりに裕福な家庭だったので、自分専用のパソコンを買い与えてもらえたし、ネットも自由に使えた。
 自分と同じような状況の人を探したり、それを解決すべる術を検索したりしていた。
 そんな時に見つけたのが、かの有名なシロクマ先生のサイトである。


 汎用適応技術研究[index]


 俺と似たような問題関心を抱いている人なら誰もが知ってるであろう、有名サイトだ。ひきこもりの頃、このサイトの記事を何度も読んだ。「脱オタ症例検討」を読んで励みにしたり。
 最近はサイトの更新に苦心されているようだが、ブログはコンスタントに更新している。
 最近も、以下のエントリにおいて、劣等感について考察されている。


 「セックスすれば劣等感は治るのか?」 - シロクマの屑籠


 これを読んで何となく懐かしくなり、先生の古いテキストを漁っていたら、こんな記事を見つけた。


 Ž©•ª‚ªD‚«A‚Æ‚¢‚¤ó‘Ô‚Ü‚½‚Í‹Zp‚ɂ悹‚Ä(”Ä“KŠ‘®)

 この、自分が好き、という状態はすごく大切な気の持ち方だと思う。
 いや、敢えてイヤらしい言い方をするなら、すごく有利な気の持ち方と思う。
 他人を愛する場合や、失敗するかもしれない場面に挑む場合などでは、
 自分の事が全人的に好きな人とそうでない人では、心理的状況は雲泥の
 差ではないか?少なくとも私はそうだった。
(中略)
 セルフコントロールのし易さが全然違う。ビクビクしないで生き易くもなる。
 そして、失敗するかもしれない挑戦を受け入れ易くなれば、成長機会も得やすい。
 なにせ、成功よりも失敗のほうが沢山の教訓を与えてくれるのだから。
 そして成長するからますます自分が好きになりやすくなり、更には人から
 好かれやすくなる(勿論、特定の人から嫌われやすくもなるが、自分が好きな
 人には、それは些末な問題でしかない、筈だ)。


 かなり核心に迫っていると思う。俺みたいに社会適応に失敗している若者の多くは、自分が好きではない。今の自分のことを受け入れられない、認められない、と表現したほうが適切かもしれないが。自分を受け入れることさえ出来れば、強固な自己肯定感を養うことが出来れば、問題は一気に解決に近づくと思う。かつての俺の足掻きも、「様々な経験や出会いを通して自己肯定感を培っていく営み」と表現できる。


 驚いたのは、この記事が書かれた時期だ。(2001.夏頃)と書かれている。
 もう、10年も前なのだ。
 10年前からシロクマ先生は気付いていたのか、というよりは、10年経っても未だに抜本的な解決策は見つかっていないのか、というのが正直な感想だ。
 先のセックスに関するブログ記事でも、「恋人よりも仲間」という、「もっともではあるけどそれが出来れば苦労しないよ」という結論しか出せていない。
 いや、シロクマ先生をdisるつもりは全くない。そうじゃないんだ。
 それ程までにこの問題は難しいんだと、改めて実感した。自分を好きになることがカギだと気付いている人は、少なくないと思う。にも拘らず、そのメカニズムやら処方箋やらを明瞭に語れているものは、ほとんど見たことがない。
 シロクマ先生も苦労している。

 今の所、これ以上のことは、愚かな私にはできっこない。
 さらにここから『構造』を精錬出来れば恩の字だろうが、今は無理だ。
 何せ、一番大事なピースが言葉に出来ていない気がする。


 そして、この記事を次のように結んでいる。

 たとい不完全でも、私は私なりにこのピースを追い続ける事にしようと思う。
 特に、言葉に出来ない部分!もっと、症例検討が必要である。また、せっかく
 精神科やってるんだから、関連する文献を調査する必要がある。


 あれから10年が経ってしまった。
 問題の所在は分かっているのに、誰も有効な解決策を示せない現状が続いている。あと一歩のところまでは来ている気がするけれど。
 これからの10年で、何か見つかるだろうか。
 そのとき俺は、30代半ば。自分なりの答えを見つけていたいのだが、どうなんだろう。
 シロクマ先生のように、ひたすら考え、disられながらも表現し続けていくのが一番いいのかもしれない。
 言葉を乱発しまくることで、必死になって語り続けることで、言葉で表現できない部分を浮かび上がらせるというか。


 俺が、自分を変えようと足掻き始めて、もう10年が経つんだな。