正義と微笑

numb_86のブログ

正直に生きる

 ふと思い立ち、過去のブログ記事を読んでいた。古いものから順番に。
 そして、次の記事を読んだ。


 嘘ばかり書いてる - 正義と微笑


 当時の気持ちは、何となく覚えてる。自分の記事に感じる苛立たしさ、胡散臭さ、そういうのが我慢できなくて、書いた。
 だけど今回、過去の記事を読んでいて、嘘くさいとは思えなかった。背伸びしてる感じはあるが、とても真摯で、誠実なもののように思えた。昔の俺はずいぶん真面目に仕事について考えただなあ、そう感じた。


 ではなぜ、「嘘ばかり書いてる」なんて思ってしまったのだろう。


 自分を抑圧していたらから。本音を言えずにいたから。


 これだと思う。
 ネットでの俺と現実の俺が、あまりにも乖離していた。
 ブログに記事書いて、仕事頑張るぞ、スキル磨くぞ、って噴き上がったところで、現実にはそうはいかない。あまりにも差がありすぎる。普段の俺はひたすら、与えられたことをこなしていくだけの、しみったれた社畜。だから何だか、ブログでの俺が、嘘つきというか、偽物のように思えたんだ。


 思うようにブログを書けず、イラついていたというのもある。
 個人情報を書けないとか、そういうのもあるけど、それ以前の問題。
 もうね、ぶっちゃけてしまうとね、金融という仕事が好きじゃなかったんだと思う。向いてないし、好きじゃない。
 だけど現実には、信用金庫で働いており、他の選択肢などない。嫌でもそこで働き続けるしかない。
 だから本当は金融に情熱なんて抱いてなかったのに、自分を騙して「金融で頑張ろう」みたいな記事を書く羽目になる。本当はそこに情熱なんてないのに。信金で働くしか出来ないから、自分に嘘をついてでもそこで目標なり理想なりを見つけるしかない。
 それが嫌だったのだろう。無意識のうちに、そんな欺瞞に、苛立っていたのだろう。
 自分に嘘をついていた。自分の興味・関心を騙していた。そのことに薄々気付いていたのだろう。


 好きなこと、意義を見出せること、向いていること、情熱を注げること。それをやるのがホントだ。自分の心の声に従って生きるべきだ。
 だけどそれは出来なかった。仕事を選べる身分ではなかったから。社畜だったから。
 だから何とかして、今の仕事を好きになろうとした。そのなかで、理想とか目標とかを探し、自分のやるべきことを探そうとした。無意識のうちに。そしてそこで見つけたものを、ブログに書いた。目の前の仕事を頑張ろうと、自分に言い聞かせた。
 もうその時点で、嘘をついてたんだよな。
 だけどさらに俺は、嘘というか、欺瞞を重ねることになる。
 自分の出来そうな範囲、与えられている範囲で、理想や目標を書いた。だけどそれすら、出来なかったのだ。努力不足とかそういうレベルではない。根本的にダメだった。問題意識を持ちながら働くことすら、出来なかった。目の前の仕事に追われていた。毎日を生き延びるだけで、精一杯だった。俺の能力不足なのか、職場が腐ってたのか。それは分からない。とにかく俺は、好きでもない仕事を、まったく納得できない働き方で、していたのだ。
 それが、当時の俺が感じていた「嘘くささ」の正体。


 今はもう、自分に嘘をつく必要はない。虚構の自分を作り出す必要はない。
 ニートになって俺は、自由になった。
 好きなように生きればいいんだ。
 これからは、自分の心の声に従って、正直に生きる。真っ直ぐに生きる。