読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

正義と微笑

numb_86のブログ

生き抜く武器としての、「生きる意欲」

 教育論みたいなものは、俺には語れないけど。




 このtweetを見たとき、「いいこと言ってはる!その通りや!」と思い、すぐにリツイートしようと思った。だけど、何やら反論というか、意見も寄せられているようだった。スルーするつもりだったけど、それなりに的を得ているような意見もあった。


 生きる意欲を教育で与えようとする前に、そもそも「生きたい」と思える社会にしていくべきではないのか。教育云々ではなく、実際に生きにくい社会だから、若い人が「生きたい」と思えずにいるのではないか。


 俺の主観で解釈すると、そんな感じの内容だった。
 それはそれで正しいと思う。
 何でもかんでも教育、特に学校教育に詰め込もうとするなっていうのも、分かる。俺もそう思う。


 だけどやっぱり、ある程度は意識的に、「生きるのは楽しい」「生きていくのは当然」といった価値観を教えていくべきだと思う。そのほうが、本人が生きやすくなると思うから。


 理想は理想であるべきだし、今後改良を続けていくべきだけど、残念ながら、今の社会は楽園とは程遠い。楽しいことや嬉しいこともあると思うけど、そうじゃないことだって多い。
 個人的には、日本はわりと恵まれた国だと思ってる。先人たちが積み重ねてきた歴史のおかげで、相対的に見れば、いい感じだと思う。
 だけど、問題がないわけではないし、伝統が裏目に出て日本独自の息苦しさや生きにくさを生んでる側面もある。格差や貧困も、一気に表面化してきた。
 社会は、厳しい。


 こういう社会で生き抜いていく上で、生きる意欲、生きようとする意欲というのは、とても大事な武器になるのではないか。持っていても楽にはならないけど、持っていないと相当に苦しいものがあると思う。


 いろんな側面があるけど、生きるための武器を与えるのも、教育の役割だと思う。そういう見方も出来るというか。


 大学教育とかだと、職能のための専門知識を、武器を与える。文系のFラン卒だからよく分からないけど、英語とか、プログラミングとか?会計とかもそうだな。
 初等教育の場合は、もっと根源的なもの。俺がこだわっている「自尊心」や「自己肯定感」も生き抜いていくうえで、とても重要な武器だ。自分の存在を肯定できる人とそうでない人とでは、選択肢の幅や、行動の成功率がまるで変わってくる(と思う)。
 他にも、抽象的になってしまうけど、「人とつながる力」とか「要領のよさ」とかも、大事だ。
 大学教育だってホントは、専門知識だけでなく、哲学やら教養やらの武器も与えるべきだと思う。最近はそういうのは流行らないみたいだけど。


 そういう、数ある武器のなかでも、「生きる意欲」「生きるということに対する、肯定的な考え方」っていうのは、すごく重要で、とても基本的なものだと思う。っていうか、それが無いと話にならないよな。
 どんなにたくさんの素晴らしい武器を持っていたとしても、「死にたい」「消えたい」という気持ちに囚われていては、どうにもならない。


 もちろんそれは、一度身に付ければ大丈夫というものではない。薄れてしまったとき、弱まってしまったとき、いかにして回復させるかも重要だ。だから、教育だけに任せられる問題ではないってのも、その通りなんだけれど。


 そんなことを、考えた。