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正義と微笑

numb_86のブログ

自己肯定感のサイクル

 前回、自信や勇気を手に入れることの難しさや、どうすればそこにある「矛盾」を乗り越えられるか、考えてみた。
 そこで今回は、そもそもなぜ、自信や勇気を手に入れるべきなのかについて、自分の考えを簡単に書いておく。


 「勇気」というテーマについては考えたことがないので、今回は、自己肯定感と一緒くたにして書く。実際俺は、勇気も自信も自己肯定感も、ほとんど区別せずに使ってる。基本的には。
 勇気を裏打ちしているものの一つに、自信があると思うし。自分は間違っていないという自信。失敗したり恥を掻いたりしても、自分の存在自体を否定されるわけではないという、自己肯定感。そういったものを持っているからこそ、勇気を出して前に踏み出せる。
 まあ、「勇気」の有り様は多様だけれど。取り敢えず今回は、非常に単純化して、書く。


 なぜ自己肯定感が大切なのか。
 それによってポジティブなサイクルが生まれるからだ。いい循環が生まれる。
 生きている限りはいろいろあるけれど、一度、安定した自己肯定感や自尊心を手に入れれば、そうでない場合に比べて、非常に生きやすくなる。


 自己肯定感があれば、挑戦が出来る。人に歩み寄れる。自信があるから。自分は自分だという、強い、それでいて軽やかな、意識があるから。自然体で好きなように振る舞うことへの、恐れがない。だから、好きなことが出来る。
 アクションを起こすことへの恐怖心が少ないし、失敗しても過剰なダメージを受けない。自分という存在を、自分自身で肯定できているからね。傷付いたところで、そこからの回復も早い。


 好きなことを出来る。これは、とても素晴らしいことだ。やりたいこと、興味のあること、そういったものにガシガシ挑戦していけば、それだけ、人生は豊かなものになるだろう。
 逆に、本当はやってみたいのに、人と話してみたいのに、自信が無い故にそれが出来ない状態というのは、とても不幸だ。
 強がりではなく本当に興味がないのなら、それでいい。一度やってみて、大したことないなと思って止めるのも、いいと思う。
 だけど、本当は興味津々のくせに、やってみたいくせに、己の弱さや臆病さのせいでそれが出来ないというのは、とても不幸なことだよ。精神衛生上も、よろしくないと思う。


 そして、これは前回も書いたことだけど、挑戦すれば、人と関われば、その分だけ成長できる。
 自分からのアクションと、そこから生まれる成功、失敗、喜び、悲しみ……。そういったものが、自分を育ててくれる。成功体験はとても貴重なものだし、失敗は失敗で、様々なフィードバックを与えてくれる。
 そうして、アクションの結果として、さらに自信や自己肯定感が強まる。勇気も磨かれる。
 そうすれば、より、次のアクションへと踏み出すのが簡単になり、そうしてまた、さらに自信は深まっていく……。
 かなり単純化してはいるが、こういうサイクルが存在すると思っている。


 前回書いた「パラドックス」の逆回転のイメージだ。
 自信があるから、積極的に様々なアクションを起こすことができ、人に愛されやすい。
 愛されるから、自信がさらに深まる。
 そしてまた次のアクションを起こし、また人に肯定してもらえる。


 余談だが、こんなこと意識するまでもなく、幼い頃から自然体でこのサイクルをまわしているのが、いわゆる「リア充」だと思っている。


 一度このサイクルが生まれれば、生きるのがかなり楽になるし、本人が望む人生を送りやすくなる。逆に言えば、自己肯定感を育むことが出来ないまま思春期を過ごしてしまった若者は、それだけで大きなハンディキャップを抱えてしまっているように思う。
 だから俺は、自己肯定感や自尊心といったものに、こだわっているんだ。それが時として、人生においてかなり深刻な影響を及ぼしかねないと思っているから。
 何とか、自己肯定感を培うための方法論なりメカニズムなりプロセスなりを、解きほぐし、確立していきたいと思っている。