正義と微笑

numb_86のブログ

ユニバーサル・デザイン社会

 最近、この本を読んだ。

弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂 (講談社現代新書)

弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂 (講談社現代新書)


 そこまで踏み込んだ議論がされている訳じゃないけど、入門書として非常に分かりやすく、面白かった。自己肯定感マニアの俺としても、興味深かった。


 「ユニバーサル・デザイン社会」というのは、本書の第5章で提唱されているコンセプトだ。端的に言えば、「障害のある人もない人も暮らしやすいようにデザインされている社会」「誰もが暮らしやすい社会」といった感じ。
 ここでいう「障害」とは、狭義のそれではなく、もっと広い概念だ。
 人づきあいが下手、手のかかる子供がいる、介護が必要な家族がいる、そういった、働く上でのハンデを背負っている人たちも含まれる。


 著者は、現状の社会保障制度には不備が多いが、そもそも、「出口」である社会そのものが変わらなければ意味がないのではないかと、訴えている。

 いくら就労支援をしても、こまめにサポートをしても、得られた就職が非正規で賃金も低く、自己の存在価値が認められたと感じさせるような仕事でなければ、結局のところ、何が改善されるのであろう。「出口」の先が、人々を戦々恐々とさせる格差社会であるなら、その人の真の社会的包摂は可能であろうか。
前掲書、p176


 これは俺も思う。
 若者の就労支援に関心があり、先月からボランティアとしてちょっとだけ関わっているが、就労ありきでは意味がない。とにかく職に就かないとどうにもならない、というのも事実だが、職に就けばハイ終了、というのには違和感がある。
 俺自身が再就職を頑なに拒んでいるのも、同じ理由からだ。再就職したって、今の労働社会に復帰したところで、そこに幸せはない。待っているのは再び、地獄の日々。そう思ってしまう。


 ユニバーサル・デザインの社会、誰もが暮らしやすい社会の実現を、強く、願う。


 「障害」の有無だけじゃない、人には誰だって、向き不向きがあるんだ。
 今の社会は、「理想の労働者」という画一的な物差しで、全てが測られているように思う。

  • コミュニケーション能力
  • リーダーシップ
  • 積極性
  • 自主性
  • 素直さ(企業に対する従順さ)
  • チャレンジ精神
  • 人と関わることが好き

 参考資料:http://job13.mynavi.jp/13/pc/corpinfo/searchCorpListByTheme/index?scTheme=qWs8p


 全てがファックだ!
 そんな人間ばかりであってたまるか!
 上記のような人間が優遇されるのは、構わない。彼らのような人間の方が、企業社会において有利なのだろう。勝手にすればいい。
 でも、そうでない人間が「自分らしく生きる権利」を奪われるいわれは無い!
 どうして、暗い人間が、心を殺して明るく振る舞わないといけない?
 どうして、物静かな人間が、飲み会でバカ騒ぎしないといけない?
 ファックだ!


 人間、誰だってその人なりの性格なり、適性なりがある。その人に似合ったものを、向いているものを、やればいいじゃないか。どうして、一つの価値観を全ての人に押し付けるのだろう。
 強制された画一的な価値観のもとで、嫌々働く社会……。
 それよりも、各人が好きなことを、向いていることをやったほうが、個人の能力が開花するし、全体としての生産性も上がるのでは?

 遊ぶことしか自分の可能性は引き出せない - sadadadの読書日記


***


 人間が、人間としてではなく、労働力という「商品」として扱われている。
 こういう議論はずーっと前からされている。
 俺が最初に知ったのは、カール・ポランニーの議論だったと思う。


 ポランニーによれば、経済というのは、社会に埋め込まれる形で存在していた。まず社会があり、そこに経済が従属している。
 しかし、いつからか、これが逆転してしまう。まず最初に経済の論理ありきで、社会がそれに従属するようになってしまう。経済が社会を支配する。
 そして、人間、土地、貨幣といった、本来は商品として存在していたのではないものまで、商品として扱われるようになってしまう。


 ポランニーは、暴走し自壊していく市場経済への対抗策として、ファシズム社会主義ニューディールが生まれてきたのだと論じている。しかし、ファシズム社会主義は見事に失敗に終わった。ニューディール的なもの、ケインズ的なものも、あまり評判はよくない。


 ユニバーサル・デザイン社会というのは、「経済の論理に従属した社会」への、強力なアンチテーゼになるはず。
 人間を、労働力という商品ではなく、「あるがままの、その人」として扱う社会。
 今度こそ、経済の論理から、社会を取り戻したい。

 このような「事情」は多かれ少なかれ、すべての人が抱えているものであり、それを無視して、皆に企業戦士となることを求めることは、結局、すべての人にとって暮らしにくい社会を作ってしまうことである。
前掲書、p163


市場社会の思想史―「自由」をどう解釈するか (中公新書)

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大転換―市場社会の形成と崩壊

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