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正義と微笑

numb_86のブログ

自分を好きになるための、二つの柱

 自己肯定感が欠如しており、そのことに苦しんでいる人。そういう人が自己肯定感を獲得するためにはどうすればいいのか。
 そのメカニズム、プロセス、対処法。そういった事を考えているし、今後も考えていきたいわけだが。


 今回は、「どうすれば自己肯定感を得られるか」について、暫定的な答えを出してしまおうと思う。
 実際には色んなアプローチや方法論があると思うのだが、今日ここで、思い切って2つに絞ってしまうつもりだ。
 自分の方向性を定めるため。思考を前に進めやすくするため。


一つ目の柱:他者からの承認

 やはり、これを避けて通ることは出来ないと思う。
 過去の記事で何度も書いていることだから、ここではあまり詳しくは書かない。


 人の心を鍛える場所としての、コミュニティ - 正義と微笑
 今の俺が思うところの、自己肯定感 - 正義と微笑


 どういう形を取るにせよ、他者に受け入れてもらう、認めてもらうっていうことを経由せずして、自己肯定感を得るのは難しいだろう。愛された(と実感した)ことのない人間が、「自分は尊い存在だ、自分は自分のままでいいんだ」と思うことなど、出来るだろうか?出来ない、と俺は思う。
 承認欲求と自己肯定感は、直結している。
 他者からの承認を獲得していくことが、一番確実で、王道で、正攻法。


二つ目の柱:社会に溶け込む

 社会的な活動を行い、自己評価を高める。
 働いたり、頑張って勉強して志望校に合格したり。
 人の集まりである社会に承認してもらう訳だから、先程の「他者からの承認」の一形態と言えるかもしれないけど。
 これは、さらに二つのパターンに細分化できる。
 「すごいこと」を達成するパターンと、「普通のこと」を着実にこなしていくパターン。


 まず、自分が思う「すごいこと」に取り組み、それを実現させるというパターン。志望校に合格する、資格を取得する、など。そういう、目に見える目標に取り組み、達成する。それによる達成感や、自信。


 もうひとつ、自分が思う「普通のこと」をこなし、安心を得るというパターン。正社員として企業で働く、親元を出て自立する、とかだろうか。そういうことを着実にこなすことで、「自分も一端の人間なんだ」「真っ当に生きているんだ」という自己評価を獲得する。
 それが本当に「普通」であるかはどうでもよく、本人が「普通」と思っていることや、「これぐらい出来なきゃ」と思っていること。それをこなすのが重要。
 ただこれは、出来なかったときの心理的ダメージが大きく、「俺は普通の事も出来ないんだ……」という自己評価に囚われるリスクがある。


 「社会的な活動」の定義は、難しい。ある程度社会から評価される活動、だろうか。いくら自分が「すごいこと」だと思っていても、純粋な趣味の世界での出来事は、ちょっ違うと思う。まあ、明確に線引きする事は出来ないけれど。
 ただこれも、あくまで、主観的なものだ。
 本人が、「すごいこと」「普通のこと」だと思っている事柄を達成することに、意味がある。


***


 メインとなるのは、一つ目の、他者からの承認。勉強が出来なくても、働けなくても、そんな部分も含めて自分という人間を認めてもらえた、そんな経験をすればきっと、自尊心を持って生きていけると思うから。
 とはいえ、一つ目の柱と二つ目の柱を上手く組み合わせていければ、それがベストだと思う。