正義と微笑

numb_86のブログ

守るべき「価値」について

 守るべき価値とは何なのか。大事な大事な「個人の自由」を制限してまで我々が従うべき規範・倫理とは、何なのか。
 俺が知りたいのは、それなのかもしれない。
 そしてそれに対する回答や、なぜその「価値」を守るべきなのかという説明をきちんとしてくれそうだから、コミュニタリアニズムに興味を持った。
 そんな感じか。


 何を守るべきなのか、俺にはまだ分からないんだ。
 前回の記事で「リベラリズムの思想」として紹介した、個人の自由を至上とする価値観。そういったものには、強い違和感を覚える。
 また、ちょっと文脈が違ってしまうけど、経済思想においても、個人の自由を至上とする価値観がある。個人が自由に経済活動することで、最も効率的に経済が発展する、だから介入や規制は最小限にすべしという思想。これにも、違和感を覚える。経済(社会)を発展させていくためには、個人の自由や市場原理に全てを任せるのはあまりに不十分であり、積極的にコントロールしていくべきだと思っている。自由な経済活動に任せていては毀損されてしまう、何か大切な「価値」がある、そう考えているからだ。
 だけど俺は、正直なところ、その「守るべき価値」が何なのか、さっぱり分からないんだ。
 そういうのがあるってのは、何となく理解しているんだけれども。


 人間はとても無力で、無知で、不完全だ。誰だってそうだ。
 人間の理性や合理性だけで上手くやっていける、社会をつくっていけるだなんて、思い上がりも甚だしい。
 だからこそ、人間の行動には何らかの制限なり強制力なりが課せられるべきなんだと思う。


 じゃあ、その「制限なり強制力なり」ってのは、具体的に何なの?それを守ることにどんなメリットがあり、守らないことにどんなデメリットがあるの?
 ……
 いつもここで、つまづいてしまう。まったく説明できない。
 信頼、伝統、慣習、モラル、共通善……。
 それっぽいキーワードは出せるけど、イマイチ論理的じゃない。明晰じゃない。


 何を守るべきで、何のためにそれを守るべきなのか。
 それをしっかりとロジックで語れるようになるべきじゃないのか。きちんと論理立てて、明快に語れるようになるべきじゃないのか。
 どうも、その努力を怠ってきた気がする。学術的な世界では違うんだろうが、一般向けの議論では、あまり為されていない気がする。
 「伝統的な価値観を大切にしよう!」、「モラルを守ろう!」と叫ぶのは簡単だけど、それじゃあダメなんだよ。


 個人の自由を制限しようというのだから、それ相応の理由が必要だ。きちんと説明できなければ誰も納得しない。
 それに、「特定の価値や正義を掲げることは、それ以外の価値観を否定し、多様性や思想の自由を侵害してしまう」という懸念も、もっともだ。
 何を、何のために守るべきなのか、ひとつひとつ丁寧に思索・議論していくべきだ。
 そういう努力を怠ってきたからこそ、価値相対主義や「個人の自由」を至上とする価値観の台頭を招いてしまったのだと、俺は思っている。


 また、逆方向の懸念もある。
 論理的な解析や具体的事例の検証などを怠った結果、現実離れしたオカルトチックな「正義」が信奉されてしまうという、懸念。
 冷静に論理的に考えていくことを放棄し、「昔からある価値観が素晴らしいんだー!」「無制限の自由は危険だー!」と安易に突っ走った結果、誰のためにもならない、訳の分からない「正義」を信じてしまう。
 「子育ては母親がするものだ!だから託児所を増やすのはけしからん!」とかが、その典型だろうか。最近話題になった「伝統的子育て」もそうだ。あれを支持している人たち(の一部)だって、もともとは、「昔からの価値観を大切にしたい」ぐらいの感覚だったのかもしれない。


 先人たちが試行錯誤しながら積み重ねてきた伝統や慣習、集団の構成員たちが自主的に、あるいは無意識のうちにつくりあげてきた、ルールやマナー。そういったものには、やはりそれなりの妥当性や合理性を持っていることが多い。俺はそう思っている。
 だけど、当たり前の話だけど、それらが全て正しいわけではない。間違ったものが含まれていることだって、あるはずだ。あるいは、それが生まれた当時は合理的だったけれども、今はもう時代や社会の変化に追いつけていない、そんなケースもあるはず。また、可視化されていないだけで、実は弱者や少数者を抑圧・排除してしまっている。そういう事例だって少なくないはずだ。
 既にある価値観を大切にするだけが、答えではない。時に改正し、時に撤廃し、時に新しくつくりあげる。そういう、柔軟で、絶えず自己を積極的に疑い続ける態度こそが、あるべき姿ではないだろうか。難しいけど。


 ニヒリスティックな自由放任主義者、カルトじみた自称保守主義者……。
 そういった連中に対して、きちんと「論理」で対抗できるようになるためにも、守るべき価値というものについて、もっと考えていきたい。
 守るべき価値とは、何なのか。
 それを大切にしていくことには、具体的にどんな意味があるのか。
 そしてそれを具体的なものに落とし込むためのプロセス・意思決定は、どのようなものであるべきか。
 そういったことについて。