正義と微笑

numb_86のブログ

謎の組織、ゆとり全共闘


 全国学費奨学金問題対策委員会


 Twitterのタイムラインで何度か目にしていた、「ゆとり全共闘」。そのネーミングセンスに引き寄せられ、以前から関心があった。
 ただ当初は、「全共闘」ってのは、あくまで人目を引くためにつけた名前だと思っていた。実際にはまあ、マイルドな学生サークルなんだろうと、勝手に思っていた。公式ブログにも「何人いるのか、何をやるのか、誰にもわからないゆるふわ組織」と書いてるあるし。
 だが甘かった。ブログを読んでいくうちに愕然としました。何やらガチで「運動」やら「闘争」やらを行なっているご様子。近しい人に逮捕者まで出たとのことで……。
 ここで私は引いてしまうどころか、俄然興味を持ちました。そういうのとは無縁に生きてきたし、今後も無縁でいたい、そんな人間からすると、このご時世に「闘争」という言葉を口にする学生の存在は、とにかく驚きだったわけで。


 そもそも何で闘争なんかするの?何のために、何と戦ってるの?闘争するほど困ってんの?普通に大学と話し合いをすればいいんじゃないの?大学がそれほど不自由な場所とは思えないけど?共産主義を支持しているの?


 いろいろと疑問が生まれてくる。
 そんななか、丁度いいタイミングで「第3回ゆとり首脳会談」なるUst放送が行われました。
 で、備忘録を兼ねて、その内容をまとめておきます。


 言うまでもなく、この記事の内容はすべて、私の主観です。また、私は「ゆとり全共闘」の方々とは何の関係もない、外野の人間なので、いろいろと思い違いもありそうです。
 より詳しく、正確なところを知りたいという方は、こちらを御覧ください。


***


 けっこう、というか、かなり真面目に、いろいろと考えてるんだなあ、というのが率直な印象。本来の意味で、いい意味で、「意識の高い」学生だと感じた。


 サブタイトルに「2011年学生運動の失敗」とあるように、自分たちの活動は(ある側面では)失敗であったとの認識のもと、話が進められていく。その背景には、2011年に盛り上がった活動も、2012年に入って以降停滞してしまっているという現実がある。
 出演者は次の方々(敬称略)。


出演
杉本宙矢(勝手に集会創設メンバー)
菅谷圭祐(ゆとり全共闘創設メンバー)
宮内春樹(就活生組合創設者)

司会
森田悠介(勝手に集会創設メンバー)


 以下、話し合われた内容(のなかでも私が個人的に興味を持った部分)を、箇条書きで書いていく。
 本当は誰が発言したのかもちゃんと書いた方がいいんだろうけど、初見の私には誰が誰だかよく分からなかったので、そこは省略。宮内さんは名前だけは存じてたけど、動いているのを見るのは初めてだったし。

  • 「集まる」ことを取り戻す
    • 放送で最初に行われたのが、各自の自己紹介。そこで杉本氏が、「勝手に集会」について説明。政治集会というよりも、集まること自体を重視しているとのこと。今の大学では、集まること、集会を開くことそのものが、禁止されているらしい。大学によって公認されたサークルでなければ、不可能とのこと。それに対するアンチテーゼみたいなもの?
  • 「言説」ではなく、「空間」を
    • 先ほどの話と関連して。今の大学には、「議論する場所」が存在しないらしい。きれいな空間ばかりが残り、雑多な空間は排除されていく。だから今は、「空間をつくる」ことが大事。言説ではもう戦えない、というのもある。何かを主張して、叫んでいても、相手にされない。その光景もまた、ただの「風景」になってしまう。だから、「実際に言説を交換する場所」をつくっていくことが、大切。
  • 先鋭化と大衆化。少数精鋭主義か、コミュニティ化か。
    • 運動が停滞してしまった原因の一つとして宮内氏が指摘したのが、天下国家への意識の低さ。就活デモにしても、本気で問題を解決しようとする意識が薄かったという。これに対して杉本氏は、天下国家について本気で考え行動できるのは少数派であり、強い主体ではないとそれは出来ない、それを重視すると少数精鋭主義のセクト主義に陥り自滅してしまう、強い人と弱い人を結びつけるのが大事、と主張。宮内氏はそれでもあくまで「実際に問題を解決していくこと」を重視しており、どちらかと言えば少数精鋭主義を志向しているらしい。コミュニティとしての側面を強めていくと当事者性が失われていく、という懸念もある。
  • 思想的基盤や、「言葉の共通項」の無さ
    • コミュニティを維持していくうえで問題となるのが、共有する文脈がないということ。かつては、『聖書』なり『共産党宣言』なり、拠り所となる思想があった。でも今は、それがない。思想がない。だからどうしても、思想ではなく「人と人とのつながり」に頼らざるを得ないが、それには限界がある。思想不在でやってきた結果が、今のこの現状である*1
  • 運動が、きわめて属人的なものになってしまっている。「個人」に依存したものになってしまっている
    • これは、放送のなかでも何度も繰り返されており、かなり核心的な部分だと思う。結局、組織として機能しておらず、特定の個人の力で成り立っており、その人がいなくなってしまったら立ち行かなくなる。メインとなる人たち抜けてもいかに活動を継続していくか、これが課題。これは学生運動に限らず、どこの組織にもついて回る問題ではあるけれど。
  • 後輩を育成することの難しさ、誰でもコピーできるフォーマットの作成
    • 反省点のひとつとして、後輩を育成できなかった事が挙げられる。だから、創設メンバーが抜けると、継続が難しくなっていく。その対策のひとつとして考えられるのが、「凡人」でも模倣可能なフォーマットやノウハウをつくっていくこと。デモのやり方などの具体的なノウハウを公開したり、運営を透明化したり。
  • 中心メンバーの負担ばかりが重くなる、役割が偏る、だから誰もやりたがらない
    • これも、どこの組織にも言えることだけど、一部の人にばかり負担が偏ってしまう。金銭面での負担も大きくなっていく。そして、そういう姿を見ていれば自然と、次世代を担おうとする人は出てこなくなる。後継者になりたいと、誰も思わなくなる。だから、たとえ少額でも、代表者にはカネを支払ったほうがいいのかもしれないという意見。
  • 学生運動自体が限界?
    • 大学による各種の規制(デモ禁止、ビラ配り禁止など)や、就活、学費、そういった制約があり、学生が運動していく自体に、無理があるのかもしれない。実際に問題を解決していくためには、学生以外にも広げて行かないと、難しい。また、大学進学率が向上しており、「大学生」の内実自体が変わってきている。学生運動が盛り上がっていた頃とは、大きく異なる。
  • 言葉遣いや用語の問題
    • スタッフの方(出演者の方々の後輩?)からの意見。出演者どうしで議論していた際、例え話として「ソビエト」や「セクト」という言葉を使っていたが、そういう言葉を使うと一般の学生が引いてしまうという、指摘。出演者の方々は「あくまで例え話でしょ」みたいな感じであまりピンとこない感じだったが、これは俺も思った。むしろ何気ない会話というか、自然な感じで「ソビエト」や「セクト」という単語が出てくるからこそ、違和感を覚えた。


***


 いろんな意見があるとは思うけど、俺はこの活動自体を否定する気にはなれない。
 活動内容や思想に対して批判をするのはいい事だと思うけど*2、ただ単に「学生運動www」みたいな感じで嘲笑するのは、違うと思うんだわ。
 就活デモもそうなんだけど、名前や顔を出して行動できるのは、やっぱりすげえよ。内容に賛同するかはまた別としてさ。


 そんなゆとり全共闘さんですが、6月6日にスカイツリーで路上鍋をするようです。路上鍋?

*1:これは、俺も本当にそう思う。学生運動に限らず今の時代は、「拠り所」「価値判断の基軸」みたいなものが、何もない。あまりにも悪い方向に、価値相対主義が進みすぎた。あらゆる価値が、解体されすぎた。

*2:むしろ、「批判するなら代案を出せ、批判するなら実名を出せ、それが出来ない雑魚どもは黙ってろ厨」は大嫌いです。例の学費支援サイトを巡る騒動で、その思いをより一層強くしました。弱者にだって、批判する権利ぐらいはあるよ。