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正義と微笑

numb_86のブログ

地域社会や地元商店街って、そんなにいいですか?

 コミュニタリアニズムという政治・経済思想に、関心がある。
 最も関心があるのはその理論や思想だけれど、実践や具体的な事例にも、もちろん関心がある。
 で、「共同体の再生」とか「人と人との関係」とか、そういったものを大切にする人たちがよく持ち出すのが、地域社会。
 人が生きていくためにはコミュニティが大事なのです、現代社会では個人主義が行き過ぎてしまいました、コミュニティを取り戻すために地域社会を盛り立てましょう、地元の商店街を活性化させましょう……。
 まあ、大体そんな感じの議論が展開されることが多い。


 お前ら、本気で言ってるのか?


 あんたら本気で、地域社会に参加したいの?地元の商店街で(日常的に)買い物したいの?
 俺には無理だわ。地域社会だなんて、煩わしくて堪らない。精神的にかなりの苦痛と負担が伴うから、出来るだけ関わりたくない。地元商店街とかも、正直言って面倒だよ。ただ買い物したいだけなのに、どうして店主や他の客とコミュニケーションを取らなければならない?コンビニやイオンのほうが楽だし、利便性も高いし、俺はそっちのほうが好きだね。特に理由がない限り、わざわざ個人商店を利用したりはしない。
 これが俺の、偽らざる本音。


 もちろん、地域社会や地元商店街を守ろう、復興しよう、盛り立てよう、といった諸々の活動は、素晴らしいと思うよ?そのこと自体を否定するつもりはない。どんどん盛り立ててください。


 だけど、地域社会とか、地元商店街とか、そういったものから零れ落ちてしまう人たちがいるのも、事実なんだ。
 いや、さらにハッキリ言ってしまうと、地域社会などのコミュニティは、一部の人たちを排除する仕組みになっている。そんな風にすら思うんだ、俺は。
 そして、地域社会を礼賛する人たちは、そのことに気付いていないことが多い。地域社会が本来的に持っている排他性に、気付いていない。


 完璧なコミュニティなどないから、「地域社会」が殊更に悪いという訳では、もちろんない。
 だけど、あまりにも密度が濃すぎるというか。「村社会」の抑圧や窮屈さは昔から繰り返し言われているけれど、まさにそんな感じだ。日本的な「世間」やら「空気」やらと結びついて、非常に過ごしにくい場所になってしまう可能性が、「地域社会」にはある。もちろん、そんな事例ばかりではないだろう。だけど、地域社会で生き抜くためにはある程度の「世渡り」のスキルが必要となるのは、間違い無いと思う。コミュ障や跳ねっ返りは、冷や飯を食わされる。


 地元商店街もそうだ。コミュ障にはキツイ。ハードルが高いのよ。
 人情、人と人とのつながり、暖かみ、そういったものは美点として語られがちだけど、それが苦痛になってしまう人だっているんだ。
 大規模な商業施設やチェーン店に客を奪われ、地元商店街はシャッター街になってしまった。よく聞く話だ。じゃあ、その原因はなんだ?
 一番の理由はやっぱり、価格とか利便性とか、市場原理によるものだと思う。
 だけど俺は、それ以外に、地元商店街の「敷居の高さ」があると思うんだ。
 コミュニケーションが苦手な人、人と関係をつくるのが苦手な人、そういった人たちにとって、個人商店というのはすごく利用しづらい。ハードルが高い。ただ買い物をしたいだけなのに、どうして人間的なコミュニケーションをしなければならないんだっていう話だよ。
 その点、チェーン店はありがたい。完全に「客」と「店員」に区別され、必要最低限のコミュニケーションだけで用が足りる。「買い物」という目的のためだけに、きわめてシステマチックに事が運ぶ。ありがたい。


 地域社会を盛り上げたい。地元の商店街を守りたい。
 それ自体は間違ってないんだ、まったく。
 だけど、そこには入れない人たち、馴染めない人たちが、かなりの割合で存在する。
 それが気になってしまい、「地域社会を盛り上げよう!」的な運動には、イマイチ関心を抱けないんだよな。
 まあ、冒頭に書いたように、俺自身がそこに馴染めないってのも、大きな理由なんだけど。というか、元ひきこもりであり、地元を離れて「リセット」することで社会復帰した身としては、郷土愛なんて全然ないんですよ、正直なところ。


 前にも書いたけど、ユニバーサル・デザイン社会を、俺は志向している。誰もが暮らしやすい社会。
 それを実現していくためにはもっと、「ゆるい」社会にしていくべきだと思うんだよな。「地域社会」とはむしろ逆の方向性、つまり、密度を薄くして、流動性が高く、とても緩やかに結びついた共同体。そういう「そこそこ」の共同体がいくつもあり、一人の個人が幾つもの共同体に所属している。一つ一つとの関係性は緩やかで、入るのも出るのも容易、それでいて共同体は幾つもあるから、社会全体から零れ落ちてしまうリスクも低い。
 そんな社会を、漠然と夢想している。