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正義と微笑

numb_86のブログ

ライターになりました。

 そうだ、ライターになろう


 という訳で、ライターになりました。
 とは言っても、別にどこかの出版社に雇われたわけでも、仕事を請け負ったわけでもない。ただの自称である。勝手にライターを名乗ることにした、それだけ。
 分かってる。言われなくても、分かってる。「痛くね?」ってことぐらいはさ。
 でもさー、せっかく生まれてきたんだし、好きなことしないと、勿体無い気がするんだよ。嫌なことを我慢しながら定年を迎えて、気付いたら老人になっているだなんて、俺は嫌だよ。
 それに最近は、いろいろと変わった人たちと関わっているせいで、感覚が麻痺してきた。ノリで法人をつくったり、あるいはほぼ無職なのに劇団を立ち上げたり、そういう人たちを見ていると、「ライターを名乗る」ことぐらいで恥ずかしがっているほうが、逆に恥ずかしいことのように思えてくるんだ。錯覚だけどさ。
 法人や劇団に比べれば、ライターなんて、はるかに敷居が低い。別に資格とかも要らないし。名乗ったもん勝ちだよ。


 数カ月前に勢いでレンタルサーバーを借りていたから、それを利用して自分でサイトをつくった。
 htmlやcssの知識が不足しており、現時点では何とも微妙な感じになってしまっている。というか、知識以前に、美的感覚というか、そういう感性のようなものが壊滅的にダメなんだということを、痛感した。センスがない。
 本当は誰かにつくってもらったほうがいいんだろうけど、htmlやcss、さらにはphpぐらいは覚えたいと思っているので、そのまま自分でつくった。なんちゃってライターなのに、サイトデザインだけプロっぽくしても、アレだしな。今はまあ、こんなもんさ。
 ソーシャルメディアボタンは、自分であれこれやるのが面倒だったので、ローソンさんの力を借りました。ありがとう、ローソン。
 ローソンガジェット|エンタメ・キャンペーン|ローソン


 この記事にも、励まされた。

 ライターになる前の自分は、たのしくなかった。何かを好きになったり、何かに感動したりはしていたけれど、ライターになる前の自分は、ほんとうには生きていなかったのと同じだと、今は思います。
(中略)
 あるとき私は、自分よりも文章を愛してなくて、ものを書くということについてなにも考えてなくて、文章が自分よりも下手な人間が、どうどうと名刺にライターと刷り、自分はライターになるべくしてなったのだ、という顔をしているのを見て、ばからしくなりました。この世の中なんて、ずうずうしいもん勝ちじゃん、こんなに才能もなければ努力すらしてない人間がライターと名乗っていいんだったら、自分だって名乗ってもいいんじゃないか、と思いました。


『ビデオメイトDeLUXE』終刊 - 雨宮まみの「弟よ!」


 この記事を最初に読んだときはまだ社畜の真っ最中だったんだけど、すごく共感したし、羨ましかった。
 俺も、「本当に生きたい」と思う。ただ死んでないという意味での「生存」には、興味がない。


 この26年間を振り返ってみると、15歳ぐらいまでの俺は、確かに「死んで」いた。眠っているかのようだった。
 チンピラ候補生みたいな同級生に「お前、いつも目が死んでるんですけどwww」と、何度か言われたことがある。その時はヘラヘラ笑って誤魔化したけど、今なら分かる。アイツの言ってたことは、的確だった。確かに俺の目は、死んでいたと思う。毎日が、つまらなかった。
 夢もなかった。「学校の勉強は得意だし、公務員にでもなればいいや」なんて思ってたけど、多分それは、本心じゃない。地味な優等生キャラとして、「そうすべきなのだろう」という判断から、「公務員志望」という選択肢を選び取っただけ。どこまでも、俺の心は死んでいた。
 そんな生活や自分に嫌気が差し、部屋に引きこもった。高校は、ほとんど行かないまま中退した。いま思えばあれは、自分なりの防衛本能だったのかもしれない。
 冬眠の季節を経て、次第に、意識が覚醒していった。意識的に、主体的に、生きるようになっていった。18歳か19歳ぐらいだっただろうか?自分の意思で、生きるようになった。
 状況を精査・分析し、どうすれば目的を達成できるのか戦略を立てる。そもそも自分が何を望んでいるのかというところから、思索していく。そして、暫定的に導き出された結論に基づき、行動する。その行動を振り返り、フィードバックし、次の思索や行動に活かす。それを繰り返す。
 こう書くと何かすごいことをしているみたいだけど、実際にやっていたのは、どうすれば人目を気にせずにユニクロで服を買えるのかとか、どうすればビクつかずに女の子と話せるのかとか、そんな程度のもの。そんなことすら出来なくて(今も出来ないけど)、でもそれを克服したくて、試行錯誤していた。
 滝汗を流しながら、怖くて試着も出来ず、明らかに異常なサイズのシャツを買ってしまって後悔する。そんな日々だったけど、「生きている」という実感は、すごくあった。自分の人生を生きているという感覚。いろんなものに囚われていたけれど、何とか自分らしく生きようと、精一杯に生きていた。
 だけど、せっかく膨らみかけた心は、サラリーマンになることで、急速にしぼんでいく。
 平日は働き詰めで何も出来ず、週末も疲れきってダラダラと過ごしひたすら月曜日に怯える、そんな生活。人間関係には恵まれ、小中学校時代のように心を殺す必要はなかった。それでも、毎日がつまらなかった。そこには歓びや悲しみも確かにあったはずなんだけど、心は、しぼんでいた。
 ニートになってからは、いい感じだ。自分らしく過ごせている。どこにも属しておらず、自分の判断で生きていくことが出来る。この感じを、もっともっと、加速させていきたい。俺は、自分の人生を生きたいんだ。


 ライターとしての最初の題材は、「ゆとり全共闘」さんです。ご協力ありがとうございます。


 ただ、大学にまつわる問題や学生運動に拘ってる、ということでもないので、面白そうなもの、書きたいと思えるものがあれば、いろいろと扱っていきたいです。


 ライターという属性が加わった私を、今後ともよろしくお願いします。