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正義と微笑

numb_86のブログ

『ゲームの流儀』を読んだ

 正確には、まだ読み終えてはいないけど。
 『コンティニュー』という雑誌に掲載されたインタビューを再録した、ゲームクリエイターのロングインタビュー集。それぞれに独立した構成となっており、どこからでも、好きなところから読んでいける。
 遠藤雅伸坂口博信といったファミコン黎明期の方から、須田剛一上田文人といった比較的近年の方まで幅広く載っており、どの世代のゲーム好きでも楽しめるはずだ。


 好きなゲーム、思い入れのあるゲームは、人それぞれだと思う。
 俺の場合、ゲームを本格的にやり出したのはけっこう遅くて、中学生の頃。初代プレステの時代。
 ハード戦争を勝利に導いたFF7はもちろん、バイオハザードメタルギアソリッドどこでもいっしょパラッパラッパーグランツーリスモ、IQ、みんなのGOLFビートマニアモンスターファームガンパレードマーチ……。斬新で魅力的なゲームが、たくさんあった。
 思い出深いゲームを挙げるなら、今でも、アークザラッド2や幻想水滸伝2といった、初代プレステのソフトになると思う。


 そういう個人的な事情もあって、俺にとってのゲーム黄金期は、初代プレステの頃なんだよね。
 だから、遠藤雅伸とか宮本茂とかは、偉大な方だという知識はあるんだけど、個人的な思い入れは、正直ない。それよりは、桝田省治とか小島秀夫とかのほうが、ピンと来る。


 本書には様々なゲームクリエイターが登場するので、どの世代でも楽しめると思う。
 さすがに、WiiPSPから入った世代は、厳しいだろうけど。たまにマクドナルドに行くと小学生たちがモンハン?をして遊んでるんだけど、彼らが生まれたのはPS2(2000年発売)より後なんだよな。ビックリですよ。


 以下、本書から抜粋して紹介。

ゲーム全体の発展を考えると、僕は「ゲームって、二人や三人で作れるようにならないかな」とずっと思っています。
そっちに行かないと、未来がないと思いますよ。たとえばカメラがどんどん技術的な進歩をして、きれいに写るようになっていますけど、もっとも大進歩したのは、誰もがカメラを使えるようになったときでしょう。誰もがフィルムを換えられて、誰もが撮影できるようになったときに、新しい潮流が生まれたわけで。
糸井重里

少子化という側面はあるけれど、彼らは子どもたちにゲームを遊ばせて、ゲームのユーザーを増やしている。任天堂さんが育ててくれたゲームファンを、SCEは取り込んでいる側面は否定できないと思うよ。新規ユーザーを作っているのは任天堂さんであり、僕らは京都に足を向けて眠れないよね。任天堂の功績がとてつもなく大きい。
丸山茂雄

長い時間拘束するという能力で言えば、ゲームは一番長けていますから。たとえば、一本のDVDを五〇時間見ることは、なかなかできない。でもゲームなら五〇時間やらせられるパワーがありますから。五〇時間も濃厚なものを見させられたら、音楽も映像も活字も、全部潰せるパワーを持ってますよ。
須田剛一

みんな卒業しちゃうんですよね、ビデオゲームを。自分の周りの同世代の人たちを見ていると、みんな卒業していく。たとえば、映画は卒業しないですよね。あと音楽も卒業しない。でも、ビデオゲームは卒業してしまう。「それはなんでだろう」みたいな危機感。「このままじゃいかん」みたいな。
上田文人


 俺が共感した部分を引用したけれど、他にも、様々な発言が掲載されている。実際、クリエイターによって、ゲームに対する考え方は様々だと思う。「ゲームだから」と言い訳せずに表現方法の一つとして昇華させていくべきだ、みたいな人もいるし、ゲームはあくまでも遊戯なのだから娯楽に徹すべし、みたいな人もいる。
 どれが正解、ってことじゃない。ビデオゲームってのは、いろんなアプローチが可能なものだと思う。様々なジャンルがあるし、同じジャンルに分類されるものでも、様々な作り方が出来る。そういう自由さや多様性が、ビデオゲームの強みなんじゃないかと思う。


 本書では、ゲームやゲーム業界に対する考え方のみならず、それぞれの方の幼少期や、ゲーム業界に足を踏み入れたキッカケなどにも触れられており、非常に面白い。
 自分も何か(ビデオゲームに限らず)を創ってみようと思わせる、そういう刺激をくれる、魅力的な一冊だと思う。


ゲームの流儀

ゲームの流儀