正義と微笑

numb_86のブログ

傷だらけの経歴だからこそ生きる、その理由

 ニート*1になってから8ヶ月が経った。長かったような気もするし、短かったような気もする。
 で、そんなニート生活から学んだことがある。
 フラフラ生きるのはやっぱり楽しい、ってことだ。
 そんな生活はすぐに飽きる、人はどこかに所属していないと不安になる、みたいな声をよく聞くけど、それはやっぱり俗説というか、一般論としては通用しないと思う。人それぞれだよ。少なくとも、決めつけで「ニート的生活」に憧れている人を叱咤するのは違う。
 まあ、俺がこの生活を楽しめているのは、ポジティブに捉えているからだろうな。どうにかなるだろうと根拠もなく思ってるし、自分なりに意義も見出している。この生活には意義があると、信じている。


 「フツーのヒト宣言」をしてから半年が経ったけど、俺の理想は今も変わってはいない。それどころか、俺は一年前から、同じものを夢見ている。


 まあ、この頃はまだ会社員を辞めるつもりはなく、「そういう人がもっと出てこないかな」と期待していただけであり、まさか自分がそっち側に行くとは思ってもいなかったけどな。
 だが、幸か不幸か、俺は会社を辞めた。サラリーマン的な生き方に、限界を感じてしまった。
 そしてそれをポジティブに捉え、自分の理想を自分で実践していくことにした。


 俺はもう、一般の転職市場では相手にされない人材である。
 前の会社を辞めてから半年以上の空白期間があるし、前の会社には別にネームバリューもない。身に付いたのは内部知識ばかりで、汎用性のあるスキルや知識は全くない。他社にアピールできるような実績もない。コネもないし学歴もない。元ひきこもりで、高校も中退してしまっている。
 履歴書的には、傷だらけの経歴なんだよ。


 だけど、だからこそ、こんな男が何とか生計を立てて生きていくことが出来れば、それはとても意義深いことだと思うんだ。
 多くのサラリーマンが絶望に満ちた社畜になってしまうのも、ブラック企業が無くならないのも、就活自殺が起きてしまうのも、「会社員という身分を捨てたら生きていけない、死ぬしかない」という恐怖心があるからだ。俺も、そう思っていた。だからうつ病になるまで、ため息をつきながら嫌々働いていた。
 だけどそんな価値観は間違ってるし、変えていきたい。本当は、「会社を辞めたって楽しく生きていける」んじゃないのか?
 俺が生き続ければ生き続けるほど、その証明になる。俺の存在が、「社畜でなければ生きていけない」という価値観へのアンチテーゼになる。


 ちょっと誇張気味ではあるが、概ねそんな感じで、自分の生活に意義を見出している。俺のこの生活には価値があると、半ば本気で思っている。


 補足しておくと、あくまでも「楽しく自由に生きる」のが前提であり、会社員を全否定するつもりはない。楽しく会社員をやれてるのなら、それはとても素晴らしいことだと思う。
 俺も、楽しく生きれるのなら、一時的に再就職したりバイトしたりするのもアリだと思ってる。
 まあ、長期的には、フリーランスを志向しているけど。

*1:ノマドライターにもなったし、そろそろこの看板を下ろそうかとも思っている。でも俺の理想はやっぱり、「ニート的生活」なんだよな。ニートに代わる適切な表現、何かないだろうか。