正義と微笑

numb_86のブログ

うつ病は「治る」のか

 俺は専門家ではないし、ちゃんと調べたわけでもない。だからこの記事は、一人の当事者の単なる与太話として、読み流して欲しい。


 前回の記事で、「堅苦しい面接は嫌いだ、受けたくない」みたいなことを書いた。
 その理由は、3つあると思う。「不利」「嫌だ」「怖い」。この3つ。
 「不利」については、このブログで何回か書いてる。自分の経歴や状態を鑑みると、通常の転職市場や採用選考に飛び込んでいくのは、文字通り不利だという話。だからそれを避けて、別の土俵で戦いたいと思っている。
 「嫌だ」については、まあ、そのまんま。日本の企業風土が嫌。満員電車とか、サービス残業とか、飲みニケーションとか、根性論に基づいた飛び込み営業や押し売りとか。それらの一つ一つが嫌というのもあるし、それを生み出している価値観とか文化も大嫌い。面接や採用活動は、その象徴の一つ。
 そして、「怖い」。日本の企業風土が嫌だと書いたけど、単に嫌いなだけでなくて、怖いってのもある気がする。
 認めたくなかったけど、面接を怖がる気持ちが、俺のなかにはあるような気がする。


 こうなった原因はもちろん、前職での経験。
 全てを否定する訳じゃないけど、どうしても、ネガティブな評価になってしまう。労働環境としては劣悪だったと、言わざるをえない。いい人がたくさんいるんだけど、だからこそ、そういう人たちのことも傷付け続けるあの会社が、許せない。
 そしてそれが、トラウマになってる。
 企業風土を、それが生み出す様々な儀式や風習を、恐れている。また同じ目にあうのではないかと。


 堅苦しい面接、型に嵌った面接、それはまさに、俺が大嫌いな儀式の一つだ。
 そういう場に赴けば、理不尽な企業文化に、再びいたぶられてしまう。なんだかそんな気がするのだ。
 面接に行くってのは、自殺行為のように思える。
 そして、足が遠のく。


 それにしても、これはちょっと極端ではないのか。前職で嫌な目にあったから、それを恐れるのは自然なことではある。だけど、面接や企業そのものに恐怖を抱くってのは、行き過ぎのような気がする。なぜここまで、「怖さ」を感じてしまうのか。


 やはり、うつ病の影響ではないのか。
 あのとき、俺のメンタルはボロボロになった。
 不眠がちだったし、情緒も不安定だった。自分のケータイに着信があるだけで、すごく怖かった。自分で自分のケータイをへし折ったりもした。この記事を読む限り、この頃の俺は、寝て過ごしていたらしい。そういえばそんな気がする。ずっとゲームしてたり。
 通院や服薬もしていたけれど効果を実感できず、カネだけ取られているような気がして、自己判断でやめた。


 その後、回復に向かい、それなりに日常生活を送れるようになった。
 意欲や気力も、湧いてくるようになった。


 それでも、だ。
 何かのキッカケで寝れなくなることは、今でもたまにある。そして、面接や労働に対する強い恐怖心も残っている。ストレスにも弱くなり、顔の左半分が痙攣するようになった。
 明らかに、心は脆くなったし、キャパシティも狭くなった。
 うつ病になる前ほどのバイタリティは、取り戻せていないように思える。


 そう考えると、うつ病って治るのかなあ、なんて思ってしまう。
 というか、うつ病における「治る」って、どういうことなんだろう。
 風邪が治るのと同じようにイメージしている時点で、間違っているのかもしれない。*1
 完全に元の状態に戻り、消えてしまうのではなく、コントロール可能な状態に持っていくことが、うつ病における「治る」なのかもしれない。

*1:もちろん、そういう人もいるんだろうけど。