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正義と微笑

numb_86のブログ

『働くということ』を読んだ

 会社員を経て小説家となった著者が、自身の経験を軸にしながら、「働く」ということについて考察していく一冊。
 本書の出版は、1982年。私の手許にあるものは、2004年に出版された35刷。おそらく現在も静かに増刷が続いているであろう、ロングセラーだ。


 そのためどうしても、書かれている内容は古い。なにせ、著者が就職したのは1955年だ。各種の記述は、今の時代とはそぐわないものも多い。
 しかしそのことは、本書の価値を少しも曇らせはしない。


 なぜなら本書の目的は、表面的なビジネス論やキャリア論を書くことではなく、働くということ、その本質に迫ろうとすることだからだ。


 ここでいう「働く」とは、単なる賃労働のことではない。もっと、人間の本質と深く結びついた何か。

 人間は、命じられた仕事にすら(強制収容所における強制労働にすら!)、「労働の手応え」を感じてしまうことがある。仕事が、「自分の作品」や「誰にも犯されぬ自分の領域」にまで昇華したとき、労働はその本来の姿を現す。そのとき仕事は、「単なるカネを稼ぐ手段」ではなく、自己表現の営みとなる。
 そのことを、様々な事例を用いて実に分かりやすく論じている。

労働がイコールものを作るの関係で、仕事をしている人間は幸せだと思う。それは、どんなに合理化されてきても、ものを作っている過程だけは自分のものだという、犯されぬ領域があること、その領域の中では、遊びと同様に胸をドキドキさせ、新しい疑問を自分で作り、それに勝負をいどんでゆく賭けの醍醐味もあるからなのだ。そこでは、遊びと仕事は同質の意義をもつ。

しかしそれでも、一ヶ月も二ヶ月もかけて仕上げた調査レポートの悪口を言われたりすると、顔が火照るほど腹の立つ折があった。見ていると、その傾向は他の同僚の上にもうかがわれた。これはどうせ会社の仕事なんだから、あんた、エライ人の気のすむようなまとめ方をしなくてはだめよ、などと斜に構えて他人に言っていた人間が、いざわがこととなると色をなして反撃に出るさまは、どこか滑稽であると同時にいささか感動的でもあった。その時、デスクワークはデスクワークなりに、一篇のレポートが彼の作品となっていたのであり、彼の自己がその内に実現していたのだったろう。


 しかし、本書はただ単に、働くことの素晴らしさを賛美しているわけではない。
 むしろ、現代の労働環境における自己表現の難しさが、丁寧に論じられている。「働くことはなぜ面白くないか」という章まで用意されているぐらいだ。
 細分化や分業化が進み、仕事の全体像を掴みにくくなった。また、生産と消費が分断され、自分の仕事の意味も掴みにくくなっている。
 現代において、「労働の核」にまで辿り着くのは容易ではない。


 繰り返すが、本書は自己啓発本やキャリア論の類ではない。そのため、すぐに何かの役に立つわけではない。「働くこと」に悩む者が本書を読んでも、直接的なアドバイスやヒントは得られないだろう。
 しかし、本書のような「働くことの本質」に肉薄していく議論に触れることには、大きな意義があると思う。


働くということ -実社会との出会い- (講談社現代新書)

働くということ -実社会との出会い- (講談社現代新書)