正義と微笑

numb_86のブログ

この世界をhackする

 最近、この本を読んでいる。


 内容については、こちらで分かりやすく紹介されている。
 洗練されたエッセイ集という感じで、非技術者にも楽しめる内容になっている。


 著者であるグレアムは本書のなかで、「hack」という言葉を、「何らかの方法でルールを破るような解答。良いものでも悪いものでもあり得る」と定義している(p252)。確かに、ルールを破って不正にコンピュータに侵入するのも、ルールや常識を飛び越えて革新的なソフトウェアを書き上げるのも、どちらも「ハッカー」と呼ばれる人たちの仕事だ。


 グレアムはまた、「ハッキングはコンピュータ以前からあった」とも述べている(p55)。
 確かに、先程の定義に基づけば、必ずしもコンピュータに限定する必要はない。「ルールを破る」ことなら、どれも「ハッキング」と言える。
 下記の記事では、歴史上の登場人物たちが実行したことも「ハッキング」と呼べると、主張している。

 聖徳太子が仏教と神道を合成したのもそうだし、頼朝が京都に住まないで日本の支配者になったのもそうだし、信長が兼業武士をやめて専業武士による機動的な軍団編成を可能にし、楽市楽座の重商政策でその経済的な裏付けとしたのもそうだし、坂本龍馬薩長連合や大政奉還もそうだ。


連鎖するハッキングとしての歴史 - アンカテ


 しかし、そうであるならば、そこまで大きな仕事でなくても「これまでにない手法や発想で、社会をちょっと便利にすること、社会の常識を変えること」も、ハッキングと言えるのではないだろうか。
 phaさんの「世界のほころびをふさぐ」というのが、俺の感覚に近い。
 この世界は、欠陥だらけ、穴だらけであり、それを修復していく。埋めていく。


 そう考えると、社会起業家と呼ばれる人たちも、ハッカーの一種なのかもしれない。
 ドロップアウトして社会から零れ落ちてしまった若者に、受験を通して自己肯定感を手に入れてもらおうとするキズキ。
 ウェブを使って、認知行動療法のプログラムを多くの人に提供しようとするU2plus。
 病児保育のインフラを提供することで、「仕事と子育ての両立が当たり前の社会」の実現を目指すフローレンス。
 この社会の欠陥や課題を、それまでにない手法や発想で何とか克服しようとしている。
 もちろん、ギークハウスという自由度の高い新しい「住まい」を提供しているphaさんも、立派な「ハッカー」だ。


 この世界の欠陥、ほころび。それを、これまでの常識を飛び越えたやり方で、解決していく。
 ハッキングをそう定義するなら、誰でもハッカーになれる可能性がある。この世界は、欠陥ばかりだから。解決されるのを待っている課題が、無数にある。多くの人を困らせている欠陥が、そこらじゅうにある。


 なぜ、新卒でなくなった途端に就職が著しく困難になるのか。
 なぜ、身体障害者は自分の住む街で自由に行動できないのか。
 なぜ、生まれや育ちによって、実質的に学歴や職業が制限されてしまうのか。
 なぜ、一度就職してしまったら、老人になるまで自由を奪われてしまうのか。
 なぜ、痴漢や痴漢冤罪が問題になっているのに、バカの一つ覚えのように同じ時間に同じ電車に乗り、満員電車を生み出しているのか。
 なぜ、政治について考え、意思表明することが、「痛いこと」として扱われてしまうのか。意見や立場の違いを認められず、罵り合う事しか出来ないのか。
 なぜ、いじめをすることが「誇らしい武勇伝」になり、いじめられたことが「恥ずべき、みっともない過去」になってしまうのか。
 そして。
 なぜ、働かなければ(≒サラリーマンにならなければ)、生きていけないのか。


 こういった課題を突破していくハッカーが増えれば、この社会はもっと快適で面白くなるはずだし、願わくば、自分もそういう存在になりたいと思う。欠陥だらけのこの世界を、ハッキングしてやりたいと思う。