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正義と微笑

numb_86のブログ

自分の感覚や感性を「許可する」ということ

 俺は今の生活を、けっこう気に入っている。
 何故なのか。


 好きなだけ寝ていられるから。
 非常に自由で、小言や説教を言う人もいないから。
 (少なくとも数カ月分は)カネがあるから。
 大雪や台風の日に無理して出社するようなこともないから。


 どれも大事だけれど、これだけでは足りない。
 俺は、「自分の感覚に逆らうこと無く」生きている。だから、心地よく過ごせているのだ。
 これは、俺の人生で、始めてのことだ。


 人は思いの外、自分の感覚を抑圧しながら、生きている。自分の本音を無視しながら、毎日を過ごしている。
 世間体だの同調圧力だの、いろいろあるけれど、最大の敵は自分自身だ。自分自身の内なる声が、自分の邪魔をする。
 「こうしなければならない」「これはしてはいけない」という自分の思い込みが、自由を奪っていく。


 俺の場合はずっと、引きこもりだったことが劣等感だった。「普通ではない」という、強いコンプレックス。
 「もっと普通でなければ」「普通の若者として振る舞わなければ」という強迫観念と、「でも自分は普通ではない……」という恐怖や劣等感。
 だから俺は、何とか「普通」に近づこうと努力していたし、「普通ではないこと」がバレないよう努めていた。
 自分の本心に耳を傾けようなどとは、しなかった。自分は何を好きなのか、ではなく、何が普通で、何が対人関係において有利なのか。それが、価値判断の基準になっていた。


 会社員になってからも、事情は変わらない。
 「社会人として、こうあるべきだ」「こんなんでは社会人として、やっていけないぞ……」「もっと、努力をしないと」。
 そういう「自分の心の声」に、縛られていた。自分が本当は何を好きなのかは、再び、無視した。


 重要なのは、全て「自主規制」だったということだ。
 誰に押し付けられたわけでもなく、自分で自分を、抑圧していた。規範の内面化、というやつだろうか。自分の内なる声が、邪魔をするのだ。
 それは必ずしも、「◯◯しなければならない」といった、ネガティブなものとは限らない。
 「◯◯をしよう!」といった、ポジティブなものもありうる。本当に自発的なものならいいのだが、何らかの義務感や虚栄心のようなものが発端になっていることも多い。
 会社員時代の俺で言えば、「宅建の資格を取ろう!」とか、そういった類のものだ。別に本当に資格を取りたかったわけではなく、「金融マンとして勉強すべき」「キャリアアップして生き残りを図ろう」みたいな思い込みに、縛られていた。


 そういう生き方は、幸せをもたらさない。
 まだ上手く表現できないが、もっと自分の感覚や感性に従って生きたほうが、いいと思うのだ。
 他者や世間がどうであろうと、関係ない。自分の好みや違和感、直観、そういうものを大切にする。
 アニメが好きなら、アニメを見ればいい。「いい年してアニメなんて……」という自分の声に囚われる必要はない。無理してカッコつけてフランス映画なんて見る必要はない。
 フランス映画が好きなら、それを見ればいい。「気取ってると思われるのでは?」なんて不安は、不要だ。わざわざ大衆迎合する必要はない。
 働き方だってそうだ。自分の感性に従えばいい。


 俺が今の生活に心地よさを感じているのは、自分の感覚と現実の行動とが、完全に一致しているからだ。我慢したり背伸びしたりしているところが、本当にない。
 3年ほど会社員として働いて、うつ病になって退職して、「サラリーマンは違うな、俺はやだな」と思った。それ以外にも、読書したり、ネットで先行事例を観察したりした。過去を振り返って、自分の価値観や適性を考えてみたりもした。
 その結果として選ばれたのが、「ニート的な生活」であり、今はまさに、そういう生活をしている。
 もう、無理をしていない。義務感に縛られることも、見栄を張って背伸びしようとすることも、ない。自分らしく暮らしている。だから、快適なのだ。


 「ニート志向」に対する反論としてありがちなのが、「ニートが楽しいのは最初だけ、人間は汗水垂らして働いていないと満足できない」というものだ。そういう人は多分、「働かなければならない」「働いていない人生は、充実した人生とは言えない」という強迫観念に囚われているんだと思う。確かに、そういう状態でニートをやっていても、楽しくはないと思う。「こんな生き方は間違ってるんじゃないか」と不安に駆られながらニートをやっていたのでは。
 俺はもう、自分の感覚に許可を出せるようになったから、好きなように生きていいんだと思えるようになったから、ニート生活を満喫できている。


 まず撃破すべきは、「多様性のない日本社会」でも「硬直した労働市場」でもなく、自分自身の義務感や虚栄心だ。
 押し込めていた自分の感覚を、解き放ってあげる。
 それから、ニートなり、ビジネスエリートなり、自分が本当に好きなものを目指せばいい。