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正義と微笑

numb_86のブログ

シリアスゲームの分類と、ゲームが持つ可能性について

 以前から度々触れているように、シリアスゲームに関心がある。今後も、何らかの形で関わって行きたい。
 とはいえ、「シリアスゲーム」という言葉は多義的というか、使う人によって意味合いが全く異なる。「シリアスゲームを研究しています」という人はたまに見かけるが、どうにも、俺のイメージしている「シリアスゲーム」とはかなり違ったりする。
 そこで今回は、「シリアスゲーム」と呼ばれるものを、いくつかの種類に分類してみた。


***


 その前に、シリアスゲームゲーミフィケーションの違いについて。
 どちらも、「ゲームを用いて社会課題の解決に寄与する」というものであり、似たような意味合いの言葉ではある。だが、両者は全く別のものだ。
 ゲーミフィケーションとは、ゲームでよく使われている方法論や仕組みを、現実社会に導入すること。ゲームには、「人々を夢中にさせるための仕組み」がたくさん詰め込まれている。スムーズに入り込んでもらうための仕掛け(チュートリアル)、飽きさせないための工夫、モチベーションを刺激する仕組み、など。それをビジネスなどの活動に活かそうというのが、ゲーミフィケーションだ。
 一方、シリアスゲームというのは、ゲームそのものによって、社会課題の解決に貢献しようとする。ゲームという手法によって、何かを伝えたり、表現したりする。先程述べたように、いいゲームというものには、「人々を夢中にさせるための仕組み」がたくさん詰め込まれている。だから、ゲームを上手く活用すれば、「堅い話」や「詰まらないテーマ」でも、面白く伝えることが出来るというわけだ。
 ゲーミフィケーションは、ゲームの面白さを現実世界に持ち込もうという取り組み。
 シリアスゲームは、現実世界の課題をゲームに持ち込もうという取り組み。
 こんな感じだろうか。
 ゲームが持っている「人々を夢中にさせるための仕組み」は、以下を参照。面白いゲームというのは、実によく考えられて作られているのだ。
 マリオ研究
 泳ぐやる夫シアター ゲーム系 やる夫がドラゴンクエストの開発者になるようです


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 ここからが本題。シリアスゲームの分類について。


 まず一つ目。知識習得型。
 ゲームによって知識を得てもらおうとするもの。
 いわゆる「お勉強ゲーム」というか、「学習系」というか。
 ゲームを遊んでいるうちに自然と知識が身につきますよ、という感じ。
 あまり詳しくないのだが、英語学習や漢字学習のソフトが、このタイプ。植物図鑑のようなソフトもあるらしい。
 あくまでも「知識そのものの習得」が目的であり、それを使ってどうこうしろとは言わないのが、後述する「能力開発型」や「社会問題型」との違い。純粋に、知識の獲得自体が目的になっている。
 娯楽用のゲームでこの要素を持っているものとしては、『桃太郎電鉄』がある。遊んでいるうちに、日本の地理や各地の名産品を知ることが出来る。


 二つ目。能力開発型。
 「知識習得型」と似ているが、こちらは、知識の習得ではなく、プレーヤーの能力を高めることに主眼が置かれている。
 いわゆる『脳トレ』が、代表格。やったことないので分からないが、あれは知識の習得ではなく、脳の活性化が目的のはず。
 泳ぐやる夫シアター やるやらで学ぶゲームの歴史 外伝その8 脳とゲームとその教授
 こちらの記事によれば、『Basketball IntelliGym』という、「バスケットボールの試合における的確な状況判断能力を養おうという選手用のトレーニングプログラム」があるらしい。
 レストランの従業員が業務フローを学ぶためのゲームや、水族館を経営してプロジェクトマネージャーとしての経験を積むゲームなどもある。
 日本初、レストラン向けシリアスゲームが登場 - TOPICS - 日経レストラン ONLINE
 JAPAN PRIZE International Contest For Educational Media -日本賞-
 ちなみに、娯楽用のゲームの多くは、この要素を持っている。現代のゲームは複雑なものが多く、クリアするためには、置かれている状況を整理・分析し、いま何をすべきなのかをロジカルに考えていく必要がある。ただ機械的にボタンを押しているだけでは、とても楽しめない。論理的な思考力や状況把握能力が、どうしても必要になる。詳しくは、以下の記事を参照。
 Another Way: ゲームで身につく知識・スキル(1) プロービングとテレスコーピング


 三つ目。社会問題型。
 知識習得型と重複する部分もあるが、どちらかと言えば、「啓蒙」や「周知」に重きが置かれている。ゲームを通じて、「こんな社会問題がありまっせ」と知ってもらう。
 パンデミック(伝染病)を扱ったものや、第三世界をテーマにしたものなど。
 感染症、災害、教育…世界の問題を解決する「シリアスゲーム」 :日本経済新聞
 【4Gamer.net】[特集]シリアスゲーム「3rd World Farmer」の“面白さ”をあらためて見る
 娯楽用のゲームでも、ストーリー性が高いものは、この要素を含んでいたりする。例えば、『メタルギアソリッド』はゲームとして傑作だと思うが、遺伝子や核廃絶などの重いテーマを扱っている。別にそれがゲームとしての主題という訳ではないが。


 取り敢えず3つに分類してみたが、きれいにこの3つに分かれるわけではない。重なるものもあるし、全く別種のものもあるのだろう。
 ただ、こうやって整理しておくことで、議論や思考がスムーズになるのではないだろうか。


 俺が関心を持っているのは、「社会問題型」。
 先述したように、ゲームには、「人を魅了する力」がある。これを上手く使えば、様々な社会課題の存在やその背景を、多くの人に訴えることが出来るように思うのだ。
 俺は10代の頃から政治や天下国家に関心があるタイプだったが、そんな人は多くない。普通の人は政治に関心を示さないし、それが自然なのだ。
 だが、ゲームを使えば、社会問題をテーマにした面白いゲームを作れば、多くの人に関心を持ってもらえるのではないだろうか。


 俺の主観にすぎないのだが、日本で「シリアスゲーム」というときは、知識習得型と能力開発型ばかりが扱われている気がする。実際、社会問題型のシリアスゲームで面白そうなものは、ほとんどが海外製だ。
 「ためになる」とか「勉強になる」とか、そういうゲームこそがシリアスゲームなんだ。そう思われている気がする。
 そしてその背景には、「ゲームは単なる遊びに過ぎない」という認識があるのではないだろうか。ゲームなどは所詮、役に立たない子供の遊び。だから、それに対置させるものとして「ためになる、価値ある、お勉強になるゲーム」を作りましょう、という風になってしまう。
 まあ、これは完全に俺の邪推だし、そういう考え方があってもいいとは思うけど。


 ただ、ものすごく、勿体無いなあと思う。ゲームは、単なるお遊戯ではない。非常に独特で、魅力的な、「表現方法」の一つなのだ。
 映画と同じ。娯楽用の映画もあれば、ドキュメンタリー映画もあるし、記録映画というものもある。そして、そこに上下や優劣はない。どれも等価だ。
 シリアスゲームこそが高尚で、娯楽用のゲームは下等、みたいな価値観があるとすれば、それは、ゲームが持っている可能性を狭めるだけだ。
 俺はもっと、ゲームの可能性を追究したい。勉強になるとか、ならないとか、そんな下らないことに囚われることなく、「表現方法としてのゲーム」が持つ可能性について、考えていきたい。