正義と微笑

numb_86のブログ

嘆きと嘲り

 いわゆる「社畜」を巡る言説は、2種類に分類できると思う。
 ひとつは、つらい労働環境に置かれている者(やその関係者)が、自虐として「社畜」を名乗り、現状を嘆くパターン。
 そしてもう一つが、そのような労働環境からは程遠い場所におり、比較的快適に働いている人(ノマド?)が、苦しんでいる人たちを嘲笑したり、煽ったりするパターン。


 この記事では、「日本の労働環境を腐す言説」が、否定的に扱われている。
 日本の労働環境を腐す言説とか。 島国大和のド畜生


 ここで批判されているのは、「嘲り」のほうの言説だろう。
 確かにそういうのは一時多く見られたし、俺も嫌いだ。
 苦しんでいる人たちを嗤い、「日本人の働き方は遅れている、劣っている、生産性が悪い」と小馬鹿にし、恵まれている環境にいる自分を誇示して「素敵なノマドのアタシ」をアピールし、しょうもない優越感に浸る。あるいは、海外就職だの起業だのを安易に煽ったり。

甘言を弄し人心に付け入り、偽の救いをチラつかせる。「海外で働けば日本人は優秀だ」というのは「オタクイズビューティフル」みたいなもので偽の救いにしか感じない。


 しかし、労働環境を腐す言説には、もう一種類ある。それが「嘆き」だ。
 今まさに苦しんでいる人たち、あるいは、それに近い立場にいる人たちが、現状を嘆き、批判し、問題点を指摘する。
 そしてこのタイプの言説は、決して無益ではないと思う。

俺は歳を食った分、日本の労働環境がそんなに糞じゃないことも知ってるし、ようはヤリクチだというのも分かっている。海外脱出が唯一の答えでないのも知ってる。

 この認識が正しいのかどうか、俺には分からない。前の職場と今のバイト先を見比べると、会社によって風土や文化は全然違うんだなあ、とは思うけど。
 ただ、若者を取り巻く労働環境は、決して恵まれているとは言えないと思う。個人的な肌感覚に過ぎないが、10代や20代の労働環境は、やっぱり糞だと思う。苦しんでいる人が、あまりにも多すぎる。

「悪いのは君じゃない環境のほうだ」というのはカルトの常套句だ。

 そうかもしれない。
 だが、「悪いのは環境じゃない、お前だ。お前が全部悪いんだ。お前の努力不足、お前の甘えだ。だからもっと努力しろ」というのも、やっぱりカルトだ。


 「最近の若者には、会社員のことを「社畜」とバカにし、地道に働くことを見下す傾向がある」なんていう文章をたまに見かけるが、強い違和感を覚える。若者自身が「社畜」という場合、多くは、自らの境遇への嘆きであり、悲鳴であり、足掻きであるのではないか。
 同じ「社畜」というフレーズでも、それが「嘆き」なのか「嘲り」なのかで、文脈が大きく違ってくる。議論を不毛なものにしないためにも、意図の取り違えには気を付けたい。