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正義と微笑

numb_86のブログ

同じものばかり飲み、同じものばかり食べる

 何を飲み食いするか、考えるのは面倒。考えた挙句、選んだものが不味かったら嫌だし。
 だから、いつも同じ食生活。同じ店で同じものを買い、同じ自販機で同じ飲み物を買う。たまに違うものを買うこともあるが、あくまで、ローテーションの中での話。限定された選択肢のなかから、大して考えずに選ぶ。


 もともと食に関心が低いから、というのもあるかもしれない。
 好き嫌いがけっこうあるし、味覚も雑だし、料理をする習慣も、外食する習慣もない。料理のできない引きこもりだったからね。
 だから、食について考えるのが面倒なのかもしれない。


 だが、食生活以外でも、俺はこんな感じだ。考えたり選んだりするのが面倒。
 パソコンやウェブ方面でもそうだ。設定を変更したり、フリーソフトをインストールしたりすれば、もっと便利に使えるはず。でも、そうしない。面倒だから。手続きが面倒というより、「手続きをしよう、設定を変えよう」と考えたり、判断をしたりすることが、面倒。腰が重い。
 ブラウザも、長らくIEを使っていた。今から思えばあり得ないが、違うブラウザを入れようとするのが、とにかく億劫だった。設定や環境を変えようという思考を、無意識のうちに遮断していた。
 敢えて何も考えないようにして、惰性で、今までと同じものを、同じ設定を、盲目的に使い続ける。そのほうが楽だから。


 一事が万事、そんな感じ。
 現状では不便だし、損をしている。そのことに薄々気付いてはいるが、どうすべきか考えるのが面倒だから、敢えて、現状を維持し続ける。


 だが、人間はもともと、そういうもののような気がする。
 何かの調査で、低所得者ほど生活習慣が悪い、というデータがあった。
 カネがないから、というのが大きな理由だろうが、精神的・時間的な余裕がない、というのも大きいのではないだろうか。
 考える、判断するというのは、それ自体がストレスになるのだ。余裕がない人間には厳しい。だから、生活習慣や食生活を見なおしたり、それを行動に移したりといったことが、出来ない。
 思考・判断する度に、気力が消費される。俺みたいな無気力人間が無意識にそれらを避けるのは、自然なことなんだと思う。


 あまり意識されることはないが、思考や判断は、それ自体がコストである。
 だからどうしても、新しいことや未知のことからは、遠ざかりがちになる。新しいものは無意識のうちに避け、今までと同じ枠内に、収まりがちになる。
 だからこそ、習慣というものは大事なのだろう。自分にとってメリットのある行動が習慣になっていれば、そうでない場合に比べて、低コストでそれを実行していける。
 意思決定の回数を減らすのも重要だ。何かある度にいちいち判断しなければならないようでは、すごくストレスになる。予め価値基準や優先順位を決めておき、ほとんど考えることなく、オートで判断を下していける状態にしておく。そうすれば、心に負荷をかけずに、前に進んでいける。


 上手く習慣づけられないか、もっと低コストで日常を回していけないか、判断や意思決定の場面を減らせないか。
 闇雲に努力しようとするのではなく、上記のような工夫やコスト削減が、大切なのだと思う。