正義と微笑

numb_86のブログ

手を抜くということ

 手を抜かなければならない。
 仕事の質を高める。ミスを減らす。それは勿論大切なんだけれど、適度に手を抜いたり効率を上げたりすることも、出来るようにならないといけない。
 会社の生産性や業績を向上させるためにそうすべきだし、個人にとっても、やりたいことややるべきことに注力するために、手を抜けるところは抜くべきだ。
 会社のリソースは限られている。個人が持っている時間も有限。「全ての仕事を高いクオリティで」というのは立派な心がけだが、そんなことをやれば却って、首が回らなくなる。やるべきことを、やれなくなる。本当に重要な事に、専念すべき。そうでない事は、適当に片付けてしまうのが望ましい。


 だがこれがかなり、難しい。
 今の俺には出来ない。能力が不十分だからだ。
 手を抜くためには、要諦を分かっている必要がある。どこをどれくらいまでなら、クオリティを下げても大丈夫なのか。そこらへんの見極めが、手を抜くためには重要になる。手を抜ける部分とそうでない部分とを、見分けないといけない。


 また、「自分には能力がない」という自覚も、手を抜くための障害となる。
 力量不足だと自覚しているからこそ、手を抜くわけにはいかなくなる。むしろ、不安だから、必要以上に労力を割くことになる。しかも、前提として能力が欠けているから、労力を割いたにも関わらず、クオリティは低くなる。出来ないなりに上手くやろうとして、妙に手間や時間を掛けてしまう。費用対効果が悪すぎる。


 手を抜くためにも実力が必要なんだな、ということをここ数日考えた。
 「手を抜く」以外にも、他者に振るなどの手法を使って、上手く効率化しないといけない。あるいは最初から、身の丈を超えた業務を請け負わないようにするとか。


 今年は、「手を抜く」「軽く流す」といったことも意識したい。それでいて、核心的な部分については、高い精度を誇れるようになる。その両立。
 出来もしない完璧主義を捨てて、もっと効率よく前に進んでいきたい。