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正義と微笑

numb_86のブログ

権限のない人間はどうやって働き甲斐を見い出せばいいのか

 去年話題になった記事。

 ベンチャー企業あるあるにハマった。


 ベンチャー創業者の独白で、今後の経営、主にマネージメントについて、悩みを打ち明けている。
 色々と示唆的な内容だが、特に多くの人の共感を誘ったのが、裁量権に関する記述。

しかし、創業メンバーの中で一般的なサラリーマンの経験があるのは僕だけで、この裁量と疲労の関係がどうしてもメンバーには伝わらない。
「俺が出来たんだから社員もできるはずだ」の論理がまかり通っている。
でも、僕はサラリーマン出身だからわかるのだ。裁量がない状態で10時間働くのはフリーハンドで20時間働くよりキツい。


 これは全くその通り。
 そういえば、こんな記事もあった

 www.さとなお.com(さなメモ): サラリーマン時代の数倍忙しくなったけど、「疲れ」は半分以下かもしれない


 裁量が与えられているか、自分の意思や判断で動けるか。それによって、仕事から受けるストレスや負担は大きく変わる。
 それだけでなく、いわゆる働き甲斐や充足感にも、大きな影響を与える。
 大きな裁量のある仕事と、ひたすら命令されるがままに作業していく仕事。
 自分で戦略やビジョンを立てて実行していく仕事と、人に使われるだけの仕事。
 どちらが楽しく働けるか、言うまでもない。


 自分が苦労していることもあって、若者の労働問題に関心を持っている。
 就職すること自体が難しい世の中になってしまっているけど、就職した後も、様々な問題がある。
 低賃金であるとか、過重労働であるとか、不安定な雇用であるとか、将来性がない仕事内容であるとか。


 働き甲斐というのも、働くうえで大切な要素だ。とにかく働ければそれでいいというのは間違いであり、いかに充実した職業人生を送れるかを考えなければならない。そしてそれは、企業にとっても重要な課題のはず。従業員が活き活きと主体的に働ければ、それは、企業の力にもなる。


 しかしそこで問題となるのが、先述の裁量権
 裁量権がなければ、どうしても、働き甲斐は持ちづらいし、精神的な負担は大きくなる。働くのがツラくなるし、モチベーションの維持は難しくなる。
 だが現実には、世の中の大部分の人は、裁量の少ないポジションで働くことになる。大部分の従業員は、単なる兵隊であり、使いっ走りとして上に使われるだけの存在なのだ。
 「裁量のある仕事」「面白い仕事」を出来るのは、一握りの人間だけ。


 自分自身、兵隊というポジションのつまらなさ、閉塞感には、苦しんできた。
 一兵卒としての人生に「自己実現」はあるのか - 正義と微笑
 信金の仕事は、本当につまらなかった。理由は色々あるけど、裁量がないというのも大きかった。仕事の重要な部分が、自分以外の要素で決まってしまう。理不尽で不透明な要因で、なぜか負担が増える。泥をかぶる羽目になる。そしていつも、無能な本部・役員に振り回される。
 あの頃の自分は、本当に、ただの兵隊だった。大量の業務を上から与えられ、そして言われた通りに数字をこなすことだけを求められる、ただの兵隊。何も面白くなかった。


 将や王になれる人は、そこを目指せばいい。
 だが、そのポジションを得られる人は、初めから限られている。大多数は、兵隊にならざるを得ない。裁量権のない、ただの末端。


 もちろん、兵隊では働き甲斐を得られない、ということはない。兵隊でも充実感を持って働くことは可能だと思うし、それを実現している人もいるのだろう。
 しかし、裁量権が充足感や精神的疲労と密接に関わっている以上、「兵隊がどうやって自己実現するのか」というテーマについて、しっかり考えないといけないと思う。
 裁量のない兵隊たちに、どうやって充実感を与えるのか。


 仕事がつまらない代わりに、割高な給与を与える。これは難しい。兵隊たちは、余っているのだ。高度な仕事をしているわけでもない(と見なされている)。高給どころか、安く買い叩かれる恐れすらある。
 ロイヤリティ(忠誠心)を高める。素晴らしい企業理念や、リーダーの人間的魅力などで、従業員の共感や士気を高める。自分なりの使命感や意義を見出だせれば、作業ばかりの毎日でも、それなりに気持ちに張りを持って働けると思える。これも、難しいけれども。
 仕事は単なる生活の糧だと、割りきってもらう。最初から仕事に働き甲斐など求めず、ただ給与をもらい、それに見合う分だけの仕事をする。そういう働き方。これがベターかもしれない。ただその場合、激務や残業を強いることは出来ないし、責任や貢献を求めることも難しい。これはこれで、なかなか困難だろう。



 賃金や長時間労働やパワハラも確かに重要なのだが、裁量のなさがもたらす「仕事の本質的なつまらなさ」もまた、深刻な課題だ。
 そこに向き合わずして、労働環境の改善はあり得ないのではないだろうか。


 関連:『働くということ』を読んだ - 正義と微笑