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正義と微笑

numb_86のブログ

「ユニオンファンド」から考える、これからの労働組合

 以前、『なぜ労働組合はダメになったのか』という記事を書いた。
 なぜ労働組合はダメになったのか - 正義と微笑
 労組の本来の役割や機能には期待しつつも、それを果たせている労組は少ないのではないか、という内容。自業自得で自滅していったのではないかと、書いた。
 だが当然、そのような労働組合ばかりではない。


 2008年、セイコーエプソン労働組合は、「ユニオン投信株式会社」を設立。株式投資によって、労働者の資産形成を手助けしている。

 労組ファンドの実力 賃上げ逆風で長期資産づくり :Money&Investment :コラム :マネー :日本経済新聞

セイコーエプソン(長野県諏訪市)の労組が100%出資、設立したユニオン投信だ。運用している「ユニオンファンド」は2008年10月にスタート、既存の投信に投資する「ファンド・オブ・ファンズ」の形式を取る。


 同社労組はかねてより、幹部自らがファイナンシャル・プランナーの資格を取得し、組合員を対象にセミナーを行ってきた。生命保険や住宅ローンの見直し、資産運用の知識などを提供して、組合員の家計改善に役立ててもらうためだ。その延長線上に、ユニオン投信もある。
 根底にあるのは、「もはや賃上げ交渉だけが労組の理念だけではない、家計の黒字化や資産形成に役立つことがこれからの役割」という理念だ。


 こちらのブログ記事によれば、同社の労組はもう何年も、投資の勉強会やセミナーを行ってきたらしい。その流れで、自分たちで投資信託を運用しようという決断に至った。
 決して、軽佻な思いつきではないということだ。


 二つの点で、セイコーエプソン労組は素晴らしいと思う。
 一つは、自らの役割や存在理由が明確なところだ。自分たちの使命は何なのかを真摯に考え、そしてそれに忠実であろうとしている。
 もう一つは、現実を受け止め、その現実への対応手段を打ち出しているところ。労働者や企業をめぐる環境は相変わらず厳しいが、そこでただ不満や敵意を垂れ流すのではなく、ではどうすべきかを考え、行動している。


 本来の役割を見失い、それを果たせていない労組は多いのではないだろうか。団体交渉をすること、それ自体が目的になってしまい、そこで働く人たちの満足度を高めるという視点が希薄になってしまっている。惰性、とまでは言わないが、目的と手段を混同してしまい、何のための労組なのか、何のための活動なのか、忘れてしまっている。
 具体的な対応や対処を考えていないのも、既存労組の大きな問題だと思う。何としても課題を解決しようという意思を感じられない。権利の主張や不服申立ても大切だが、それだけでは、何も解決できず、結局閉塞感に陥っていく。右肩上がりの経済成長が難しい今日では、特にそうだ。いくら分前を主張しても、それに応えるだけの余裕を持つ者は、どこにもいない。


 労組の本来の役割に立ち返り、それに則って自分たちの活動を見直す。
 理想と現実のギャップをただ嘆くのではなく、実際に理想に近づくために何が出来るか、試行錯誤していく。
 そういった姿勢が、これからの労組には必要なのではないだろうか。


 ただ、そうするとそもそも、「労働組合」という形式に拘る必要はないのかもしれない。
 労組の役割が「労働者の雇用や労働環境を守り、より豊かで幸せな人生を送れるよう手助けをすること」であるならば、それは、労組の専売特許ではない。
 むしろ、既存の労組では対応できないような問題というのもある。


 例えば、メンタルヘルスの問題。労働者にとって非常に重要なテーマだが、これを労組で扱うのは難しい。なぜなら、日本では企業ごとに労組が組織されているからだ。組合の仲間は、すなわち同じ会社の人間である。社内の人間に、メンタルヘルスの問題を相談できるだろうか?


 私自身は経験したことはないが、かつての日本では、終身雇用が当たり前であり、前提であったという。一つの企業で長く働き続けることが、スタンダード。
 そういう時代にあっては、企業内労組という仕組みは有効だったのかもしれない。
 一つの企業に留まり続けるのだから、「労働者の雇用や労働環境を守ること」は、「その企業での雇用を維持し、そこにおける待遇を改善すること」とイコールだった。その企業でどのように働くか、それこそが重要だった。
 だが時代は変わった。転職や離職は当たり前になった。終身雇用も崩れつつある。時代の変化が早くなり、雇用も、企業そのものも、確かなものではなくなった。一つの企業で定年まで勤めあげる、という発想は無くなりつつある。そしてそういう時代にあっては、「雇用の安定や労働条件の改善」の意味も変わってくる。必ずしも、今の職場でそれを実現する必要はない。それが叶わないなら他の企業に移る、という選択肢も有り得るのだ。
 つまり、終身雇用の時代であれば、今の勤め先での待遇改善を勝ち取る、というのがスタンダードな手法だった。その際には、労組の役割はそれなりに大きかったのだろう。だが今は違う。よりよい環境に移れるよう労働市場での価値を高める、というのも選択肢の一つだ。スキルアップや、人脈の開拓など。
 また、既に述べたように、現代社会ではメンタルヘルスも喫緊の課題となっている。
 こういった新しい時代のテーマや役割に、既存の労組は対応できるのだろうか。


 労組の根底にある、「労働者同士が支えあい、連帯する」という考え方は素晴らしいと思う。
 だがその具体的な形態は、「労組」である必要はないのかもしれない。
 「企業と団体交渉して有利な条件を勝ち取る」という方向性から、もっと現代的なものへ。


 労組ではなく、企業の外で、労働者同士が連帯し支えあう機会を創っていく。それがいいのかもしれない。
 メンタルヘルスや資産形成以外にも、スキルアップやキャリアビジョン、ワークライフバランス、労働をめぐる問題は沢山ある。
 これらの諸問題に、労働者(時には失業者)同士が連帯し支えあうことで取り組む。
 既に、「社外同期」という取り組みも行われている*1。リンク先は、どちらかと言えば「意識の高い層」がターゲットだと思うけれども、そうではない、悩みや苦しみを抱えた労働者がつながりあう機会や仕組みも、あっていいと思う。
 企業の垣根を越えて課題や悩みを共有していく機会、仕組み。それが、これからの労働組合(に替わるもの)の在り方なのかもしれない。