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正義と微笑

numb_86のブログ

時間は増やせないが、集中力なら増やせる

 時間には限りがある。一日は24時間だし、一週間は7日。どんなにやることが山積みでも、時間だけは、どうにもならない。増やしたいと思っても、増やせない。無情にも過ぎ去っていく。ダラダラしてれば、一ヶ月くらいあっという間に終わる。
 さらに言えば、人生そのものが、有限である。いつか終わる。必ず終わる。やりたいことをやり尽くしてから人生を終えます、なんて出来ない。悔いがあろうが無かろうが、終わる時は終わる。
 どんな金持ちでも、これらの事実は変えようがない。


 ただでさえ時間は有限なのに、様々なものが、それに追い打ちをかける。
 例えば、仕事。多くの人は、生活の大半を仕事に費やしている。仕事こそが人生だという人はいいが、仕事以外の分野で何かを成そうとしている人にとっては、深刻だ。かといって仕事を辞める訳にもいかない。悩ましい。
 親の介護をしなければならない人も多いだろうし、子供を育てている人もいる。自分自身の病気で生活が制限されていることもある。
 大人になればなるほど、いろんな事情が増えていく。一週間のうち自由に使える時間なんて、たかが知れている。


 時間は限られている。時間は増やせない。
 であるなら、時間の総量そのものを増やすのではなく、時間あたりの生産性を高めればいいのではないだろうか。
 同じ時間のなかで、より効率的に活動し、より多くの成果を出す。漫然と作業するのではなく、メリハリをもって取り組み、スピードや集中を意識する。
 そうすれば、時間を増やさなくても、アウトプットやインプットを増やしていける。


 限られた時間をどう有効活用するかは、個人的に非常に重要なテーマだ。やりたいこと、やるべきだと感じていること、どれも山ほどある。平日の大半を仕事に食われている自分にとって、残りの限られた時間をどう使うかは、今後の人生を大きく左右する。このままムラのある過ごし方をしているようでは、大成することは出来ないだろう。もっと、効率的に時間を使いたい。ダラダラやるのではなく、短い時間で集中して、片付けていきたい。
 仕事そのものも、頑張りたい。常に意欲や集中力を高く持ちながら、積極的に働きたい。環境はいいのだから、自分さえその気になれば、多くのものを得られる。今はダメだ。気持ちに波がありすぎる。勿体無い。
 どうすれば、もっと生産性を高められるのだろうか。


 限られたリソースをどう有効活用するかは、社会全体にとっても大切なテーマであるような気がする。


 有限なのは、時間だけじゃない。いろんなものが、希少になっている。
 すぐに思い付くのは、人間。
 少子高齢化で、人間はどんどん減っていく。世代間のバランスが歪になるだけでなく、人口の絶対数が減っていく。いわゆる生産年齢人口が、減っていく。
 潤沢なもののほうがむしろ珍しく、ほとんどのものは、有限なのだ。
 今後ますます、いろんなものが希少になっていく気がする。その限られたなかで、やっていくしかない。
 大量のリソースを投入して押し切る、のではなく、少ないリソースを効率よく回転させる。そういうことを学び、それに慣れないといけないんじゃないだろうか。もう、人は増えないし、使い切れないほどの資源や時間がある訳でもない。物量作戦はもう不可能だろう。
 一人あたりがもっと効率的に働く必要がある。そうしないと、経済が縮小してしまう。経済成長や産業の振興は不可欠だが、それを実現するためには、一人あたりや時間あたりの効率性を高めるしかない。


 ここまで、「効率」や「生産性」という言葉を使ってきたけれど、それは、量の増加だけを意味するのではなく、質の向上も意味する。
 短い時間でたくさんの成果を出す、というだけではなく、短い時間でより質の高い成果物を生み出す。
 だからこの記事でいう「生産性」は、狭い意味での効率性だけを意味するのではなく、創造性とか、才能とか、そういう意味も持っている。広く、能力とか、可能性と呼ばれるもの。それをどう引き出すかに、今、関心がある。


 深刻かつ複雑な社会問題が、次から次へと突き付けられる。はてなブックマークを見ていると、毎日、何らかの社会問題が話題になっている。そしてすぐに忘れ去られ、また次の話題に移る。
 全ての人が、自分の可能性を存分に発揮できるようになったのなら、これらの社会問題も解決に近づくのかもしれない。
 解決できる知恵と能力を持った人たちが、それぞれの分野で現れてくるかもしれない。
 少なくとも、各自がそれぞれの持場でより大きな仕事をするようになれば、今よりはよくなるだろう。


 個人にとっても、自分の能力をいかに引き出すかは、重要なテーマになる。
 いろんなところで指摘されているように、これからますます、産業の複雑化や機械化は進む。単純作業の仕事はどんどん減っていき、労働者に求められる能力はますます高度化していく。
 自分のなかの生産性や独創性を十分に発揮していかないと、豊かで自由な人生は送りにくくなるだろう。


 ひとりひとりが、本来の潜在能力を十分に発揮できたのなら。
 そうすれば、状況はだいぶよくなるのではないだろうか。可処分時間の減少や、人口減を、カバーできる。高度で複雑化した状況にも、対応できる。
 自分の可能性や潜在能力を十分に発揮できている、そんな人はどれほどいるんだろう。ほとんどの人間は、その本来の力の、ごく一部しか使えていないんじゃないだろうか。怠惰のせいかもしれないし、何か事情があるのかもしれない。
 とにかく、全ての人が実力を出し切れるようになれば、世界はもっとよくなる気がする。


 人間の可能性を引き出したい。
 根性論ではなく、科学的に、合理的に。
 楽観論とも違う。人間の良心や可能性を信じます、といって何もしないのは、あまりにバカバカしい。それでは根性論と同じ。きちんと論理立てて、真摯に向き合いたい。
 どうやれば力を引き出せるのか、存分に能力を発揮できるのか、限られた時間で最高のパフォーマンスを出せるのか、時間あたりの生産性を高められるのか。それを真摯に考え、試行錯誤し、方法論を編み出していく。仕掛けを開発していく。


 どうすればモチベーションを生み出し、それを維持できるのか。何が人間の行動や心理に影響を及ぼすのか。
 能力の発揮を阻害する外的要因の排除。介護や性差別の問題。在宅勤務の普及や、雇用制度の変更。
 効率性を高めるための創意工夫。いわゆるライフハックや、仕事術のようなもの。こういうのも、バカに出来ない。ほとんどが薄っぺらい内容だけど、参考になるような方法論が、無いわけではない。


 全ての人が、その可能性を十分に発露できる社会。才能を引き出せる社会。どうすればそんな社会を実現できるのか、考えていく。