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正義と微笑

numb_86のブログ

私はなぜウェブが好きなのか

 ウェブが好きだ。そこにあるコンテンツや情報が好きであるという以前に、インフラとしてのウェブや、ウェブの思想が、好き。
 なぜなのか、ちょっと考えてみた。


 誰でも発信することが出来る。ネットワークの海に、何かを放り投げることが出来る。
 そしてそれを、誰かが読む。そして読んだ人の中に、何かが残る。一瞬の火花のようなもので、すぐに跡形もなく消えてしまうかもしれないが。だがとにかく、ネットにポストすれば、それが世界中に届く。
 そしてさらに、それを受けて誰かが、また別の何かをポストする。

 この、誰でも参加することが出来るいう部分に、惹かれるのかもしれない。
 高い透明性、自由さ。


 そして、この仕組みを生み出しているのが、リンク。
 ウェブ上に存在するドキュメントは単なるドキュメントではなく、ハイパーテキストである。
 そしてそれにより、巨大なネットワークが作り上げられている。

 ウェブでは誰でも何かを表現できるが、それは単独でそこに存在するのではない。それは、リンクによって、世界中とつながっている。

そもそも、ネットの最大の価値って、“ハイパーテキスト”であることがすごかったわけですよ。Webが登場して“リンク”と“クッキー”がもたらされて、これだけ発展したわけですよね。


けれども、アプリにはその構造がなくて、とてもクローズです。Webにおける“リンク”と“クッキー”に当たるものを、誰がアプリで発明するのかっていうのが、今のネットの最大の関心事であるべきなんですね。


ASCII.jp:メディアプラットフォーム「note」の作り方(前編)


 例えば、いま話題のトマ・ピケティと、その著書である『21世紀の資本』。ネットがなければ、これが海外で話題となっていることなど、自分は知らなかったと思う。仮に知ったとしても、その内容については何も分からなかったと思う。せいぜい、「格差社会について扱っているらしい」くらいだ。

 それが、インターネットのおかげで、様々な情報にアクセス出来ている。いろんな人がピケティについて解説しているし、邦訳の訳者自らが、解説記事を書いてくれている。

 さらに、それを読んだ感想や意見を述べることすら、自分には出来る。それどころか、訳者の方がそれに目を通し、しかもコメントまでくれた。
 テクノロジーによる労働の破壊 - 正義と微笑


 インターネットは中立であり、きわめて民主的でもある。
 同じURLを入力すれば、誰もが、同じものを見れる。
 誰でも、どこからでも、どのデバイスからでも、同じURLを叩けば、同じものを見ることが出来る。オープンであり、誰でもアクセス出来る。

 しかもデジタルだから、決して劣化しない。意図的に消去しない限り、ずっとその場所に残り続ける。

 平等。発信も受信も、誰でも平等に出来る。そこに優劣はない。誰もが等しい、対等な、アカウント。マスメディアのように、一部の資本に独占されることはない。

 だから、マイナーなもの、尖ったもの、商業的価値のないもの、漂白されていないものでも、ネットでなら表現できるし、アーカイブされる。
 テレビや雑誌には決して載らないもの、相手にされないものでも、ウェブには存在する。
 マスメディアの画一的な価値判断で裁かれることは決して無い。コンテンツは常に平等。

そもそもインターネットは、一つのURLを叩けば、世界の誰もが同じものを見ることができた。そのアーキテクチャがあるからこそインターネットの中立性や民主性は保たれるしコンテンツも中立でいられる、というのが彼の主張で。


元はてな・GREEのプログラマ 伊藤直也が語る、ソーシャルメディアの功罪。[前編] | CAREER HACK

 当時ただのニートだった人間が、適当に社畜クエストというブラウザゲームを作り公開した結果、それなりの注目を浴びることが出来た。
 これも、誰でもアクセスできるウェブに載せたからこその結果である。
 社畜クエスト - なむナビ



 コンテンツは常に平等である。そしてウェブの世界は、誰でも参加できる。
 その結果、様々な知見が集まる。主流ではない、オーソドックスではない、異形な考え方や価値観が集う。さらにそれらは、相互に交流する。
 そうすると、何か素晴らしいものが生まれるのではないか。
 これまでとは全く違う、高度な文化が生まれるのではないか。
 ウェブが、我々のライフスタイルを進化させてくれるのではないか。そういう期待感が、自分にはある。

 また、ウェブが、それまで知らなかった生き方や価値観を教えてくれる、という側面もある。

 自分は、ウェブのおかげで人生を変えることが出来た。
 特に、phaさんの存在は大きい。当時サラリーマンだった自分は、大きな衝撃を受けた。信用金庫を辞める決心がついたのは、こういう生き方もあるんだと知っていたからだと思う。
 phaの日記

 そして自分もまた、ウェブを使って、なにか新しいことをしようと藻掻いた。
 なむナビEXPOを開催します 〜帰ってきたソーシャル乞食〜 - 正義と微笑
 ノマドライターになりました - 正義と微笑

 今も色々と画策しているけれど、それだって、ネットが根底にある。


 ざっと思い付くのはこんなところ。

 ノスタルジー、というのはあるかもしれない。時代背景。
 昭和の子供が無条件に原子力や宇宙ロケットに憧れるように、無条件に、インターネットに憧憬を感じる。そういう世代なのかもしれない。
 とにかく、ウェブが好きなんだ。