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正義と微笑

numb_86のブログ

自意識の怪物

 自意識が肥大化しすぎて、怪物のようになっている。
 こんな29歳になっているなんて、思ってもみなかった。何も変わっていない。


 自己肯定感にずっと関心を持っていた。自己肯定感が欠如していることが、自分の生きづらさの原因だと思っていた。
 このブログにも、何回か書いてきた。
 自己肯定感マニア カテゴリーの記事一覧 - 正義と微笑

 だが今は、自意識のほうが重要な問題ではないかと感じている。
 いかにして自意識を消滅させるか。

 それが出来ないまま自己肯定感を取り戻しても、ただ単に、今とは別の形で歪んでしまうだけだと思う。
 得意気に自分を見せている姿を、容易に想像できる。自己顕示欲、丸出し。歪んだ優越感。
 自信は持ちたいけど、決して、そんな風になりたいわけじゃない。


 もっとも、自意識と自己肯定感は全くベクトルが異なる別の概念、というわけではなく、密接に関係しあっているとは思うけど。

 自己肯定感を取り戻せれば、自意識も消えるのかもしれない。
 不安だからこそ周囲の視線が気になる、自分がどう評価されるか気になる、というのはあると思う。
 本当に自分に自信を持っていれば、周囲にどう見られるかなんて気にならないはずだ。わざわざ自分を見せつける必要もないはず。

 自己肯定感の欠如、膨れ上がった自意識。
 これがお互いを強固しあって、悪循環を起こしているのかもしれない。
 自信がないから周囲を気にするし、周囲を気にしてばかりだから、いつまで経っても本当の自信は確立されない。いつだって、揺れている。他者からの評価次第で、自己評価はいくらでも揺れる。


 ありもしない無数の眼を意識し、冷や汗をかき、取り繕い、徹底して当たり障りのない言動を選択し、いろんなことを気にして、時には自分の秀でた部分を見せつけて得意げになって。
 自信がないからこそ、そうなる。


 自意識のせいで、人生に支障をきたしている。人生を台無しにしている。

 ありもしない周囲の反応。周囲からの評価。自意識によって、そういったものが生み出される。
 そして、自分の一挙手一投足が他者に観察されているかのような感覚になる。無数の視線が自分に突き刺さる。
 本当はそんなものないんだ。自意識が作り出した、思い込み。仮にあったとしても、そんなものは自分にとって重要ではないはず。もっと重要なことが他にある。
 だけど、気になって仕方がない。
 他人のなかに自分がどう映るのかが気になる。
 自分のことばかり気にしている。自分の見栄え。自分の評価。


 そのせいで、身動きが取れなくなっている。余計なことばかり考え、雁字搦めになっている。

 やりたいことがあるのに、やれない。
 話したいことがあるのに、話せない。
 表現したいことがあるのに、表現できない。
 仮に出来たとしても、周囲にどう思われるかを意識してしまい、気が気でない。だから、目の前の一瞬を大切に出来ないし、やるべきことに専念できない。絶えずキョロキョロ、オドオドしている。

 恥を掻きたくない、後ろ指を指されたくない、変だと思われたくない、その気持ちが何よりも優先されてしまい、行動が妨げられている。


 こんな状態は、一刻も早くやめたい。こんなんじゃ、満足の行く人生は送れない。
 話したいことも話せないし、行きたい場所にも行けない。

 そのままの自分でいたい。何も誤魔化さないし、何も取り繕わない自分。
 今のままでは、生きた心地がしない。
 なにも嬉しくない。一生懸命に取り繕って、それで仮に「評価」を得たとしても、そんなの嬉しくない。
 目先の下らない虚栄心や羞恥心を大切にして、結果的に、もっと大切なことを放り投げてしまっている。


 そのままの自分で過ごす。それ自体が、自分の幸福。
 これ以上、自己嫌悪や後悔を抱えたくない。
 自分のことは、自分で決めたい。周囲からの視線なんか関係なく。