正義と微笑

numb_86のブログ

ジョージ・オーウェル『一九八四年 新訳版』

 SF小説の傑作。この分野ではもはや、古典になっている作品。
 非常に面白かった。今まで読んだ小説のなかで、一番かもしれない。


一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)


 数十年前に発行され名作と名高いSF小説、ということで、敷居の高い作品をイメージしていたが、そんなことはなかった。
 簡単に読み進めることが出来た。というより、一気に読み終えてしまった。それくらい、引き込まれた。


 共産圏を連想させる全体主義国家が支配する、ディストピア
 そこで生きる主人公の苦しみを通して、その社会の惨状を描き出していく。

 このように書くと、小説の形をとった政治的文書だと思うかもしれない。実際、Amazonのレビューなどを見ると、そのような捉え方をしている人が多いようだ。本作の世界と現代社会を、重ねあわせてみたり。

 だが自分にとっては何よりもまず、娯楽作品として面白かった。
 想像力に乏しいせいかもしれないが、自分は小説が得意ではない。人並みに読書は好きだと思うし、ゲームやアニメなどのフィクションも好きなのだが、「小説」には惹かれないのだ。
 そんな自分でも、本作は楽しめた。
 「古典」や「名作」にありがちな難解さはなく、先が気になる展開に、自然とページが進んでいった。


 翻訳が素晴らしい、というのも大きいと思う。
 『ハッカーと画家』も素晴らしかったが、質の高い小説やエッセイを、その魅力を損なうことなく訳すというのは、とても難しいはず。いわゆる語学力だけでなく、日本語の能力も高くなければならない。
 せっかくの名作が壊滅的な翻訳で駄作になっていることも多いと思うが、本書の訳はまったく問題がなかった。
 問題がないどころか、翻訳であるということをまったく意識しなかった。それくらい自然かつ、魅力的な文章だった。


 娯楽作品として面白かったと書いたが、もちろん政治的なことについても、いろんな考えや感想が浮かんだ。
 前半では、主人公の生活や仕事を通して、その社会のルールや生態について描かれている。
 そして後半では、この社会とそれを支配する党の、理念や構造が語られていく。
 自然と、政治や自由について想起していった。


 ただ、本書で描かれるような全体主義が身近な脅威であるとは、思わなかった。
 Amazonのレビューには、「現代社会(日本)も全体主義みたいなものだ」とか「我々も監視されているのではないか」みたいな感想がたくさんあったが、自分はそういう風には感じられなかった。
 全体主義は、過ぎ去った過去だと思う。

 本書が発表された1949年には、全体主義への恐怖や警戒は、現実的なものだったと思う。
 だが現代日本に全体主義の影を見出すのは、難しいのではないだろうか。
 そういう言説は山ほどあるが、陰謀論の域を出るものは、見たことがない。

 もちろん、権力から危険が取り除かれた、とは思わない。国家権力による不当な抑圧、というのは今でも存在する。
 以前から関心を持っているが、自白強要や、刑事裁判の形骸化、など。

 だがそれらは、組織的、体系的、計略的な圧政ではなく、場当たり的な暴力である。計画的な拷問や虐殺ではなく、衝動的で本能的な暴力、局地的な暴走。それはそれで大きな問題だし、このような状況を生み出す構造についても改善されるべきだが、本作で描かれているような「全体主義」とは、意味合いがかなり異なる。いい悪いではなく、別のもの。


 現代日本は全体主義からは程遠い。だからこそ、いま自分たちが享受している自由のありがたみを、強く感じた。

 何が正しいのか、何が追求すべき価値なのかは、難しい。いろんな答えがある。
 だが、思考の自由、というのは、ほぼ間違いなく善ではないだろうか。何を考えてもいいし、何を思ってもいい。どんな感想でも抱いてよいという自由。
 世界は複雑で多面的だから、正しいと断言できることはほとんどないが、思考の自由は、全面的に保障されるべきものだと思う。
 心のなかに何を思い描いてもいい。許されている。それはとても、大切なことだと思う。

 民主主義でよかった、と思う。
 自分が住んでいる世界の政治に、全く関与できないとしたら、それは非常に恐ろしいことだ。政治のプロセスに一切関わることが出来ず、勝手に決められてしまい、それに抗うことも出来ないなんて、恐ろしい。
 だが自分たちには、参加する自由が与えられている。

 心に何を思い描いてもいいし、そのために行動する自由も、かなり広範囲に認められている。
 「党の見解」や「上層部の命令」に服従する必要はない。
 本作の主人公ウィンストンは、日記にこう記した。

自由とは二足す二が四であると言える自由である。その自由が認められるならば、他の自由はすべて後からついてくる。


 ちょうど今、統一地方選挙の真っ最中だが、自分の知り合いも何人か立候補している。
 そういう自由が、この社会にはある。
 もちろん、直接的な政治活動以外にも、いろんな形で、社会の在り方に関わっていける。
 それは本当に、素晴らしいことだ思う。そしてそれを活かさないことは、勿体無いことだとも思う。


 そんなことをつらつらと思い浮かべた。

 ともかく、本当に面白かった。本作のおかげで「名作」というものに対する苦手意識が克服された。今まで敬遠していたが、自分でも読めるんだという感覚を持てた。これは大きな収穫だと思う。