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正義と微笑

numb_86のブログ

失敗や撤退が相次ぐシリアスゲーム

 シリアスゲームとは、遊びながら学習効果などを得られるゲームのこと。知識を修得するタイプだけでなく、社会問題に対する関心の喚起を目的とするタイプもある。

 ゲームには、人を魅了し、夢中にさせる工夫がたくさん詰め込まれている。それを学習や社会問題に応用すれば、大きな効果を得られるのではないか。楽しみながら勉強できるのではないか。
 これが、シリアスゲームの発想の原点である。


 魅力的で面白そうな取り組みだ。上手く行けば、非常に素晴らしいと思う。
 だが、調べてみると、概念や理念ばかりが語られており、事例が見当たらない。

 シリアスゲームの素晴らしさは語られても、その素晴らしいシリアスゲーム自体は、見当たらない。特に、日本ではその傾向が顕著だ。紹介される事例はどれも、海外のものばかり。

 そこで「シリアスゲーム 事例」でググったところ、トップにこんなページが出てきた。

 Serious Games Japan: 国内のシリアスゲーム事例


 素晴らしい。ということで、紹介されている3つのゲームすべてを、遊んでみることにした。

 すると。

 どれも404。全て、ゲームが削除されており、そもそも無かったことにされていた。

 実は、こういうケースは多い。


 スクエア・エニックスが学研と共同出資した、株式会社SGラボ。

シリアスゲーム事業に参入します|SQUARE ENIX

 この記事を見ると、かなりやる気があったようだし、いくつかのプロジェクトが展開されていたことが、ネットで確認できる。だが、これといった成果が残せないまま、2009年12月に解散。記事で言及されていた『Project GB』も陽の目を見ることはなかった。

http://www.hd.square-enix.com/jpn/news/speeches/pdf/spc_20110215_2.pdf
3ページ目に、解散時期について記載あり

 ゲーム業界の雄であるスクエア・エニックスですら、シリアスゲームでは思うような結果を残せていない。


 株式会社ロノトがリリースした、『タワーオブスペルズ』。
 パズルゲームを遊びながら英単語を学べるということで、リリース前から各種メディアで紹介され、日本経済新聞にも取り上げられた。

「ビックリマン」風キャラの英単語パズルアプリが登場--学習とゲーム性を両立 - CNET Japan
Ceron.jp - 「パズドラ」風で教育を楽しく ロノト社長の流儀 :日本経済新聞

 しかしサービス開始から半年足らずで終了。会社のサイトも消滅。

参考
GH米澤さんが語るタワスペのサービス終了について - Togetterまとめ


 原発問題を扱った『エネシフゲーム・インタビューズ』。著名人が実名で登場し、本作を題材にしたイベントでは菅直人氏も登壇した。こちらも、東京新聞などで取り上げられている。

タイムラインの写真 - エネルギー問題が楽しみながら分かる「エネシフゲーム」製作プロジェクト | Facebook

 しかし今日現在、公式サイトごと、消滅している。


 残念ながら日本では、シリアスゲームは成果を出せていない。それどころか、撤退や消滅が相次いでいる。
 もちろん消滅したゲームばかりではないが、「ゲームのように楽しく勉強できる」という理想を実現しているものは、ほとんどない。


 ゲームはとても面白い。だから、勉強をゲームみたいにすることが出来れば、すごいことになるはずだ。
 誰でも思い付きそうなことだし、気持ちはよく分かる。
 だがその実現は、簡単ではないのだ。
 そもそも、デジタルゲームと学習とでは、それぞれ仕組みがまったく違う。
 簡単に融合させることは出来ない。


 シリアスゲームの理想を語るとき、『桃鉄』や『信長の野望』を例示することが多い。
 これも、気持ちはすごく分かる。
 だがこれらのゲームは、学習ということを意図して作ってはいない。
 あくまでも、ゲームとして作っているのだ。

 そして、このことが大切なんだと思う。ゲームとして制作されており、ゲームとしての面白さが成立している。
 だから夢中になって遊ぶし、その過程で地名や歴史を自然に覚えていくことになる。
 これをシリアスゲームで再現することは、とても難しい。
 面白さを成立させ、さらにそこに学習要素も組み込む。簡単に出来ることではない。


 シリアスゲームの失敗例を挙げたが、批判したいわけではない。詳細は知る由もないが、それぞれに、与えられた条件のなかで努力したのだろうから。

 それに、失敗例を重ねて、それを改良することでこそ、前に進める。
 だからむしろ、シリアスゲームという未知の領域に挑戦してくれたことに、感謝している。成功例にせよ失敗例にせよ、事例が増えるのはいいことだ。

 ビデオゲーム黎明期、ファミコン初期やそれ以前の時代には、今では考えられないようなクソゲーが山ほどあったはず。同じように、シリアスゲームも、まだまだこれからの分野なんだと思う。


 ちなみに、シリアスゲームに似た概念として「ゲーミフィケーション」もあるが、こちらも、理念や言葉ばかりが先行している印象がある。