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正義と微笑

numb_86のブログ

笹澤豊『小説・倫理学講義』

 大学の教員である主人公が、助手や元教え子との対話を通して、様々な思想、ものの見方や考え方を紹介していく。

 「講義」と銘打ってはいるが、体系的に解説していくのではなく、こんな見方もありますよ、こんな考え方も出来ますね、と問題提起していくスタイルを取っている。
 そのため、一つ一つの思想や思想家について、掘り下げて扱うわけではない。文字通りの「紹介」に留まっている。

 それも当然で、著者が最後に書いているように、本当に重要なのは思想を「知る」ことではなく、それをキッカケにして自分の頭で考えられるようになることだからだ。知識は、そのための材料や道具に過ぎない。

 平易な記述の本書は、問題意識を持ち、自分で問題に取り組めるようになるための、取っ掛かりの一つになると思う。


小説・倫理学講義 (講談社現代新書)

小説・倫理学講義 (講談社現代新書)


 幻想を取り除く、というのが本書のテーマになっているように感じた。

 例えば、民主主義は、理性的な討論に基づいた美しい制度だ、という幻想。


 民主主義は多数者の専制である、とよく言われる。
 本書でも基本的にはその立場から、ルソーやロック、シュンペーターなどを引用しながら、民主主義の理念と現実を語っていく。
 ここに記されているのが唯一の答えという訳では勿論ないが、このような考え方もあるということは、知っておくべきだろう。

 自分が多数派のときは世論を尊重しろと騒ぎ、少数派の時は、少数者の意見を大切にしろと騒ぐ。
 自分にとって好ましい政策が採用された際は「民意だ」といい、気に入らない政策が採用された際は「数の暴力だ」という。

 民主主義についての理解が浅く、民主主義は絶対に正しいはずだと思い込んでいるから、上記のような不誠実で軽薄な議論しか出来ないのだろう。
 何か気に入らないことが起こると「こんなの民主主義じゃない!」と騒ぐ。
 現実はこんなもんさとペシミズムに陥る必要はないが、現実逃避してもいけない。
 ご都合主義の「民主主義」を振りかざしている限り、いつまで経っても前に進むことはないだろう。

 人間は理性的な存在であり、丁寧に話し合えば必ず答えが見つかる、妥協点が見つかる。こういう啓蒙主義的な考えは、根拠のない信仰に過ぎない。
 何を信じるかは人それぞれだが、自分の信仰を相対的に見る視座は身に付けておかないと、建設的な思考や議論は出来ない。


 幻想に取り付かれていては、現実を正しく観ることは出来ない。現実を観れていなければ、それをよりよくすることも出来ない。
 自分の頭で考えるためには、自分がいかに先入観や信仰に染まっているかを、まずは認識しないといけない。

 民主主義以外にも、人間は意思によって自身の言動を全てコントロールできる、人間の権利は普遍的で絶対的なものである、道徳や倫理はいつの時代も不変である、こういった認識は幻想や思い込みに過ぎないのではないかと、本書は問いかけてくる。