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正義と微笑

numb_86のブログ

トム・モリス『アリストテレスがGMを経営したら』ダイヤモンド社

 経営には哲学や倫理が不可欠である。それこそが企業を支え、競争力の源泉となる。
 これが本書の主張だ。

 ビジネスライク、という言葉には、冷淡、表面的といった否定的なニュアンスが込められているが、それは経営や労働の本来の姿ではない。
 協働による創造的な活動。それこそが本来の姿であり、それを実現するためにはその組織に倫理が行き渡っている必要がある。

 それは単なる綺麗事ではなく「事実」であり、企業としての競争力もそこから生まれるのだということを、様々な角度から述べていく。

 タイトルの「アリストテレス」や「GM」はそれぞれ、哲学や企業を表す記号であり、内容にはあまり関係していない。


アリストテレスがGMを経営したら―新しいビジネス・マインドの探究

アリストテレスがGMを経営したら―新しいビジネス・マインドの探究


 景気の浮き沈み、ライバル企業の動向、社会構造の変化、技術革新。
 企業を取り巻く環境は目まぐるしく変化しており、それに適切に対峙していくことが経営者には求められる。

 だが一番大切なのは、そのような外部環境ではなく、内部環境である。
 とりわけ、そこで働く人たちこそが、経営における核であり、企業の土台だと言える。

 そして、働く人間にフォーカスをあてたとき、最も重要なのは能力でも経験でもなく、その心であり、精神状態。


 考えてみれば当然のことで、誰にでも思い当たる節はあるはずだ。
 どういう心理状態で働くかは、パフォーマンスに大きく影響を与える。

 企業で働く一人一人の精神は、業績に影響を与える。さらに、一人一人の行動や態度の積み重ねが企業文化を作り出し、その企業文化がまた、従業員の精神を形作っていく。


 だからこそ、人間の精神、そしてその素となる倫理や哲学に注意を払わないといけない。
 外部環境にばかり目を向けたり、目先の費用対効果ばかり考えたりしていては、大切なものを見失う。

採用・昇進の基準は、まず誠実さである。第二にモチベーション、第三に能力、第四に知識、そしていちばんどうでもいいのが経験だ。
誠実さのないモチベーションは危険である。モチベーションがなければ能力は役に立たない。能力がなければ理解にも限界がある。理解がなければ知識は無意味だ。知識がなければ経験があっても盲目である。
経験はいちばん与えやすく、他の資質を備えた人なら、すぐさまその経験を活かせる。
p255


 そして、「真善美」という要素が、心をよい状態にしていく上で大切となる。


 真。
 正しい情報を共有していくこと、透明性が高く、情報公開されていること。
 人間は誰でも本能的に、真実を求める。本当のことを知りたいというのは、当然の、そして根源的な欲求である。

 本当のことを知らされない、あるいは本当のことを言うのが憚られる、本当のことを指摘しても耳を傾けてもらえない。そのような状況で士気が向上するわけがない。

 情報や知識を共有していたほうが仕事の質が上がる、という側面もある。
 会社全体の状況やビジョン。それを把握していたほうが、自分の仕事やポジションの位置付けを理解し、どうするのが最善なのか判断しやすくなる。

 人間は、協働によって、一人では成し遂げられなかったことが可能となる。そして協働のためには信頼関係が欠かせないが、真実が隠され、嘘や誤魔化しが蔓延するような環境で、信頼関係が育つはずもない。


 美。
 美しい景色が人の心を打つように、美しい職場環境も心によい影響を与える。

 美しさ、という表現を大袈裟さに感じる人でも、お気に入りの道具を手にすることでテンションが高まる、という経験はしたことがあるはずだ。道具を新調したことで、作業や仕事に対する姿勢も心機一転、改まった、というのはよくある。

 繰り返し述べてきたように、仕事の質は、どんな心理状態で働くかで大きく変わってくる。そして、周囲の環境や道具の美醜によって心が影響を受けるのなら、美しい環境を導入することで、企業は業績を伸ばせるはずだ。


 善。
 ここの記述には不満が残った。
 善を行うことの難しさや、それをどうすれば乗り越えられるかばかりが語られ、そもそもなぜ善が大切なのか、それがビジネスとどう関係するのかが、描かれていなかった。

 善や倫理を守るべきだし、ビジネスの場でもそう在るべき。
 それは自分も同意見で異論はないのだが、もっと具体的に語って欲しかった。


 一貫して、道徳や倫理がビジネスにプラスである、ということが語られている。
 倫理とビジネスをつなげようという本書の試みは、面白い。
 ただ単に倫理だから倫理を守れ、というのではなく、きちんとビジネス上の意味があるのだということを、語ろうとしている。


 アリストテレスは、都市を、「人々が共により良く生きるためのパートナーシップ」と定義したという。
 ビジネスもまた同じだと、著者は説く。

 だが現実には、正反対の方向に進んだ。共同体という要素は薄れ、企業は、利害関係のみの関係になりつつある。非正規雇用化やアウトソーシングも、その傾向に拍車をかけている。あくまでも生活の糧を得るための場だ、という認識が強まっている。

 これは時代の流れであり、避けられないことだと思う。
 だが、もしかしたら、揺り戻しがあるかもしれない。よりよい職場や雇用を作ろうという動きが生まれるかもしれない。
 本書が示しているように、パートナーシップは大きな成果をもたらす可能性があるからだ。

 非正規雇用は確かに企業にメリットがある。だが、強固なパートナーシップや帰属意識にも、メリットが有る。コミュニケーションコストは低下するだろうし、モチベーションも刺激される。

 このまま雇用の流動性が高まっていくのか、それとも共同体への再評価が起こるのか。とても興味がある。


 タイトル通り哲学的な内容の本書だが、「実利」もある。
 本書で扱っているのは、人の心の特性。だから本書の内容を理解することは、マネジメントや職場の人間関係の改善に役立つと思う。

 どうすれば、部下や同僚が気持ちよく働いてくれるか。その能力を最大限に発揮してもらえるか。強固で、そして持続的なモチベーションや責任感、使命感を抱いてくれるか。
 そのヒントを得られる。

 本書で紹介されている真善美という要素を大切にしてこそ、協働関係を築ける。
 そこを軽視して、薄っぺらで形式的な称賛やスローガンを繰り出しても、無意味だ。むしろ反感すら持たれるかもしれない。