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正義と微笑

numb_86のブログ

拡大するギグ・エコノミー 「自由な働き方」か「労働者の搾取」か

 アメリカを中心にして、「ギグ・エコノミー」という新しい経済や産業の在り方が注目を集めている。投資家から多額の資金を集め、様々なサービスが生まれている。

 革新的なビジネスモデルで世の中を便利にするという称賛の声がある一方で、その脱法的なビジネスモデルに対する懸念や反発も強まっている。

眠っていた労働力や資産を掘り起こした、ギグ・エコノミー

 ギグ・エコノミーとは、インターネットを通して単発で請け負う仕事、および、その仕事の受発注を行う市場のことである。

 特に注目されているのは、「プロではない一般の人たちが、空いた時間に自分の労働力や資産を提供する」という側面である。


 例えば、この業態の代表格であるAirbnb (エアビーアンドビー)。
 これは、短期の宿を利用したい人と提供したい人を結びつけるマッチングサービスである。

 まず、所有している物件や自宅の一部を宿として提供したい人が、サイトにその情報を登録する。
 宿泊したい人は、登録されている物件の中から、条件にマッチしたものを探し、利用する。
 宿泊者が物件提供者に宿代を払い、Airbnbはその一部を手数料としてもらう、というビジネスモデルになっている。

 物件提供者にとっては魅力的な副業になるし、宿泊者にとっても、豊富な選択肢の中から選ぶことが可能で、割安で利用できるというメリットがある。
 このサービスは世界中で展開されており、日本でも既に数千件が登録されているという。

参考:ASCII.jp:500万円儲ける一般人も出た「自宅民宿」 旅館業界を激怒させる「Airbnb」とは|特集:ホテル・旅館産業に激震 Airbnbの脅威


 タクシーサービスを利用したい人と提供したい人をマッチングするUber(ウーバー)も、ギグ・エコノミーの代表格だ。
 日本では規制の関係で実現していないが、プロではない一般の人が自分の時間と車を使ってサービスを提供する、という点が注目を集めた。


 アメリカのシンクタンク「American Action Forum」によれば、ギグ・エコノミーでの仕事の数は増加傾向にあるという。
 事実、買い物代行サービス、掃除代行サービス、マリファナ配達サービスなど、様々なタイプのギグ・エコノミーが登場している。

参考:
UberやLiftがもたらした「ギグ・エコノミー」の光と影 « WIRED.jp
マリファナ配達まで!…米国でオンデマンド経済拡大中 : 経済 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)


 重要なのは、サービス提供者、そしてサービスを受け取る側も、そのほとんどが「プロ」や「業者」ではないということ。これが、ギグ・エコノミーの特徴だ。
 プロではない素人や、他に本業を持つ人たちが、スキマ時間に余っている労働力や資産(自宅や自家用車)を活用して小銭を稼ぐ。
 そして、サービスの提供者と需要者を結びつけるプラットフォームを運営しているAirbnbやUberが、急成長している。


 これがギグ・エコノミーの仕組みだ。
 実は、上記のような解釈は、プラットフォーマーによる言い分や建前であり、実態は必ずしもそうではないのだが、それはまた後述する。


 利用者の要求に応じてサービスを提供することをオンデマンドというが、ギグ・エコノミーも、需要に応じて必要なだけ労働力を提供することから、オンデマンド・エコノミーとも呼ばれている。

コンシューマー・ワーカー・プラットフォーマー

 技術や通信網の発達によって可能になったギグ・エコノミーだが、これだけ拡大している背景には、当然、それなりの理由がある。


 ギグ・エコノミーの登場人物は基本的に3人。
 まず、サービスの受け手であるコンシューマー。Uberであれば、乗客。
 コンシューマーにサービスを提供するワーカー。Uberの場合、運転手。
 そして、コンシューマーとワーカーをマッチングするための場を提供し運営している、プラットフォーマー。Uberそのもの。


 いくらプラットフォーマーが場を提供したところで、コンシューマーとワーカーの双方にメリットがなければ、ビジネスとして回っていかないはずだ。


 コンシューマーにとってのメリットは何と言っても、その手軽さだろう。必要になったときにスマホを少し操作すれば、すぐにサービスを受けることが出来る。

 タクシーに乗りたいと思えばすぐ来てくれるし、食品やアルコールを届けて欲しいと思えば、数十分で届く。駐車場所を探すのが面倒になったら、駐車代行サービスを使えばすぐに代理のドライバーが来てくれる。

 サービスにもよるが、価格も割安であることが多いようだ。

参考:
マリファナ配達まで!…米国でオンデマンド経済拡大中 : 経済 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
必要な時にだけ利用 -オンデマンド型サービス15選【Uber for X】 | freshtrax | btrax スタッフブログ


 ワーカーにとってのメリットは、柔軟な働き方が可能になること。働きたいときだけ働くということが可能だから、他の仕事と組み合わせることが容易。副業に適しているし、育児や介護で時間の制限が多い人にとってもメリットがある。

 また、ギグ・エコノミーの市場が拡大すれば単純に仕事が増えることになり、それもワーカーにとってはメリットである。コンシューマーが気軽に利用できるということは、逆から見れば、ワーカーも仕事を見つけやすいということである。

フリーランスやシェアの思想との親和性

 ギグ・エコノミーの拡大を後押しする、文化的な背景、とでも言うべきものも存在する。

 例えば、「自由な働き方」という価値観。会社に縛られず、好きなときだけ自分のペースで働く。これがクールなんだという文化。海外にもこういう文化があるのかは分からないが、日本では常に一定の支持を受けている。

 似たようなものとして、「独立した働き方」というものもある。会社に頼らず、自分のスキルで稼いでいくのがクールだし、最先端なんだ、という文化。これが発展して、サラリーマンを見下す言説が展開されていくことも多い。

 「自由」や「独立」を掲げるこれらの文化はフリーター礼賛にも一役買ったが、ギグ・エコノミーとも相性がいい。事実、こういった文脈でギグ・エコノミーを肯定する言説が、日本のネットには既にいくつも存在している。 

 一時流行した「シェア」とも、相性がよい。
 UberにしろAirbnbにしろ、余っている労働力や資産を共有しあっている、と考えることが出来る。そのため、ギグ・エコノミーやオンデマンド・エコノミーは別名、シェアリング・エコノミーとも呼ばれている。

 ギグ・エコノミーと相性のいいこれらの価値観も、ビジネスの拡大を少なからず支えていくだろう。


 急成長しているギグ・エコノミーではあるが、拡大にあたっての課題や障害もある。

 プラットフォーム漏洩、と呼ばれる現象も、その一つである。

 掃除代行サービスを提供するプラットフォーム「Homejoy」が2015年7月末、閉鎖した。その原因の一つが、プラットフォーム漏洩だという。

 これは、コンシューマーとワーカーが、プラットフォームを通さずに結びついてしまう現象のことである。
 コンシューマーは初回だけHomejoyを利用し、そこで気に入ったワーカーと出会ったら、次からはそのワーカーに直接コンタクトを取って、仕事を依頼する。
 プラットフォームを利用している限り、どんな人が来るかは毎回分からず、希望する水準のサービスが得られるかが不透明だ。しかし直接コンタクトを取るようにすれば、そういったリスクは無くなる。
 ワーカーにとっても、「お得意様」を作ることで、安定的に仕事を得られる。しかもプラットフォームによる手数料徴収がないため、よりよい条件で仕事を得られる可能性もある。

 この背景には、掃除代行サービスの特殊性がある。
 自宅に他人を招き入れて掃除をさせるのは、それなりにデリケートな仕事だ。誰でもいい、という訳ではない。
 しかしHomejoyでは、習熟度や意識が高くないワーカーが増えてしまい、仕事の質を維持できなくなった。その結果、プラットフォーム漏洩を招いたという。

参考:Homejoyが失敗した理由とオンデマンドエコノミーの未来 | TechCrunch Japan


 コモディティ、つまり差別化が難しいサービスを提供している場合は、プラットフォーム漏洩は起こらないかもしれない。
 例えば自宅に荷物を運んでくる宅配人なら、ワーカー毎の差異は少ないだろう。

 しかし、ギグ・エコノミー拡大には、より困難で大きな課題がある。
 それが、規制や既存業界との対立と、労働問題である。

業界の土台を破壊する危険性

 「ライドシェア」を名乗り、普通の人たちによってタクシーサービスを提供しあうことを売りにしているUberだが、日本ではそのサービスは実現していない。業法違反である可能性が高いからだ。
 そしてそれは、日本に限ったことではない。
 成長著しいUberだが、その影で、世界中でトラブルや対立を引き起こしている。

 タクシーサービスを提供するためには行政の許認可が必要になることが多いが、Uberはその許認可を取らずに営業をしている。
 さらに、Uberの運転手による事件も相次いだことから、Uberに対する風当たりは厳しいものになっている。

参考:
ウーバーの相乗りサービス中止 国交省「白タク、違法」:朝日新聞デジタル
Uber、各国で相次ぐ営業停止・当局からの訴訟 « WIRED.jp
レイプ事件が相次ぐUber、ボストンでも運転手が乗客を誘拐・強姦


 タクシーサービスに限らず、業務を行うためには許認可を取らなければならない業種、というのは多数存在する。
 旅館業もその一つだ。
 そして、Airbnbで宿を提供している人たちの多くは、旅館業の許認可を取っていない。

 宿泊施設の運営には自治体の許可が必要であり、旅館業法を守る義務がある。
 そういったルールの抜け穴を突くことで業績を伸ばしているAirbnbに対して、既存の旅館産業や監督官庁である厚労省は反発を強めているという。
 防災設備・衛生管理への対策が取られていない現状を放置するわけにはいかない、という立場だ。

参考:ASCII.jp:500万円儲ける一般人も出た「自宅民宿」 旅館業界を激怒させる「Airbnb」とは|特集:ホテル・旅館産業に激震 Airbnbの脅威


 規制や業界ルールは、その産業を維持するために必要なものだ。
 環境の変化によって時代遅れになった規制も多いとは思うが、ほとんどは、それなりの必然性があって存在している。
 安易に取り払ってしまえば、産業の健全性や持続可能性が損なわれてしまう。

 旅館業界でいえば、食中毒や火災を防止したり、その被害を最小限に抑えるための努力を積み上げてきた。


 ギグ・エコノミーは、既存の秩序を破壊してしまう危険性をはらんでいる。
 あるいは、積み上げてきた業界努力にフリーライドしている、という見方も出来る。

 ギグ・エコノミーが今後も拡大していくためには、既存の業界や規制とどう向き合うかも、重要になるだろう。

現代の「持たざる者」

 Uberが抱えているもう一つの課題が、労働問題である。
 Uberを使って働いている運転手たちが、自分たちは自営業者ではなくUberの社員だ、だから社員としての権利を認めろと主張し、Uberを訴えているのだ。

 同様の訴訟問題は、Uber以外の業者も抱えている。

 先ほどの規制を巡る問題は、個別の企業、個別の業界の問題だったが、労働問題は、ギグ・エコノミー全体に共通する課題である。


 この問題の核心は、ギグ・エコノミーで働くワーカーが、保護の対象である「労働者」であるかどうかだ。

 雇われて働く人たち、被雇用者には、様々な権利が保障されている。
 最低賃金、解雇規制、失業保険、労災などがそれだ。
 こういった権利や保護は、内容の違いこそあるが、どこの先進国にも存在するものだ。
 このような権利や保護の対象となる人を、ここでは「労働者」と呼ぶことにする。日本だと、「正社員」という言葉が、もっともニュアンスが近いかもしれない。

 つまりワーカーたちは、「自分たちを労働者として認めろ(=労働者としての権利を与えろ)」と訴えているわけだ。


 これに対してプラットフォーマー側は、ワーカーは労働者ではなく自営業者、個人事業主なのだと主張している。

 自分たちはプラットフォームを、場を提供しているだけであり、ワーカーを雇用しているわけではないから、というのがその言い分だ。
 自分たちのビジネスはあくまでもマッチングサービスなんだと主張している。

 Uberで言えば、車に乗せたい人と乗りたい人をマッチングする場を提供しているだけなんだ、というロジックである。

 タクシー業者として運転手を雇っているわけではない、だから、運転手たちを労働者として保護する義務はない。


 しかし、この主張にはかなり無理があるように思える。
 Uberは単なるプラットフォーマーではなく、実態としては、コンシューマーにタクシーサービスを提供して利益を得ているタクシー業者と言えるだろう。

 裁判所もそう見なし、運転手の訴えを認める判決を下した。


 しかしそうなると、プラットフォーマーの負担は非常に重くなり、利益を逼迫することになるため、今後のビジネス戦略に大きな影響を与えることになる。

 先ほど、「プラットフォーム漏洩」で閉鎖したと述べた「Homejoy」も、同様の訴訟を抱えており、それも閉鎖の理由の一つだったと言われている。


 一方、買い物代行サービスを提供する「Instacart」は、全てのワーカーに、パート従業員になる選択肢を与えた。あくまでもワーカーの質を高めるため、とのことだが、訴訟問題に対応するためにこのような道を選択する企業は今後も出てくるだろう。


 ヒラリー・クリントンも懸念を表明するなど、ギグ・エコノミーにおける労働問題に対する関心は高まっている。

参考:
カリフォルニア州 「Uberの運転手は社員。自営業者じゃない」 : ギズモード・ジャパン
『羅生門』としてのUber、そしてシェアエコノミー、ギグエコノミー、オンデマンドエコノミー、1099エコノミー(どれやねん) - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)
掃除にホームレス派遣して話題のHomejoyが倒産。オンデマンド経済の日雇い訴訟で : ギズモード・ジャパン
ウーバーやInstacartが悩む「雇用に関する法的問題」 正社員化を求める訴訟も | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
ヒラリー・クリントン曰く、オンデマンド経済は職場保護に難題をもたらす | TechCrunch Japan


 ここで問題になっているのは、「誰を、どこまでを労働者として扱うか」ということである。
 保護や権利を訴える働き手と、その義務を逃れたい企業。
 この対立自体は、目新しいものではない。


 産業革命以来、歴史は、労働者の権利を拡大する方向で進んできた。
 持たざる者である労働者は、どうしても立場が弱い。そのため法律によって彼らの権利を認め、保障してきた。

 しかしそうは言っても、安くて便利な労働力が欲しいというのが企業の本音であり、それは変わらない。
 何とかして、労働者保護の義務から逃れたい。


 そのために様々なものを利用してきた。
 1990年代以降に日本で急速に拡大した非正規雇用も、その一つである。
 彼らは保護の対象である「正社員」ではないため、そのためのコストを負わなくて済む。正社員と違って解雇も容易である。不況や海外との価格競争に苦しむ企業にとって便利な存在であり、今では無くてはならない存在となった。


 そしてギグ・エコノミーも、結局、そういう利用のされかたをしている、と言えなくもない。

 ベンチャーキャピタルから巨額の投資を受けているプラットフォーマーが、持たざる者を安く使い倒す。ワーカーは法律上「労働者」ではないから、何の保険も保証もない。

 前述の「Homejoy」は、ワーカーとしてホームレスも使っていた。表向きは社会貢献を謳っていたようだが、弱い立場の者を、労働者として雇用するわけでもなく、安くこきつかっていたとも言える。

参考:
ホームクリーナー斡旋スタートアップのHomejoyがホームレスの雇用を開始 - THE BRIDGE(ザ・ブリッジ)
掃除にホームレス派遣して話題のHomejoyが倒産。オンデマンド経済の日雇い訴訟で : ギズモード・ジャパン


 制度や産業が生まれた当初は違う意図があったのかもしれないが、結局、企業のコストカット、労働力の買い叩きに利用されている、という現実がある。
 劣悪な環境が問題になっている外国人研修制度にも通ずる話かもしれない。


 最後に、興味深い動きを紹介する。
 アメリカの「全米雇用法プロジェクト(NELP)」は、その報告書のなかで、権利の対象を拡大しようと提言している。

 ギグ・エコノミーのワーカーたちを従来の「労働者」として扱うべきかを争うのではなく、そもそもの「労働者」の範囲を拡大しようというアプローチだ。
 そうすれば、プラットフォーマー側の言い分がどうあれ、ワーカーたちも保護の対象となる。

参考:シェア・エコノミーの発達に伴い、労働者の権利の見直しを求める声


 社会構造の変化や技術革新によって、今までは想定されていなかったワークスタイルが広がり、労働政策や労働運動も見直しを迫られている。
 このような状況下では、単に正社員の雇用の増加を訴えるだけでは、問題の解決にはならないだろう。

 働く人たちどのように保護すべきなのか。
 誰を、どのように、どのレベルまで保護するのか。そしてそれを、財政や市場原理とどのように両立させるのか。
 そういった本質的なことが問われている。