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正義と微笑

numb_86のブログ

ニート再び 2016年1月の活動報告と今後の方針


 数カ月前からニートになっている。
 ニートになるのは二回目だから、前回と違って、これといってテンションは上がらない。病気ではないから、精神的にも落ち着いているし。


 特に何も考えずにニートになったが、年末年始、今後について真面目に考える機会があった。

 12月から1月にかけて、人づてに、就職の話があった。実際に先方に会い、前向きに対応してもらったけど、結局断った。
 そういう機会を与えられたことに感謝しつつも、違う道を進むことにした。

 本当に何も考えずニートになった自分にとって、将来について考えるいい機会になった。頭のなかの身辺整理というか。


 自分は何をしたいのか、どういう風に働きたいのか、しっかり考えることが出来た。
 少しは危機感も持てた。

 このままだと何も残らないだろう。
 悪い意味で、何の特徴もないオッサンになりそうだ。



 先月、上記のエントリで、自分が以前書いたエントリが紹介されていた。
 それをキッカケに自分で読み返してみたのだが、あまり変わっていなかった。自分の志向は、ほとんど変わっていない。

 脱消費には関心が向かず、お金が欲しい。節約とかシェアとかは、自分に合わない。もともと大してお金を使うほうではないけど、我慢するのは嫌だ。カネさえあれば色んなものを突破できる。貧しくても心豊かな生活、みたいなものには、惹かれない。

 それと関連しているかもしれないが、このままずっと都会で暮らしたい。便利だし、人間関係があっさりしているし。家のなかにムカデが出る、みたいな話をTwitterで見ると、自分には田舎暮らしは絶対に無理だなと思う。


 こういった自分の理想を実現するために、どういう方向性でいけばいいのか、考えてみた。
 そしてそれに対して自分なりの方針が出たから、それをやることにした。これが、年末年始の出来事。


 出来るかどうかではなく、ただ、やるだけ。
 出来るだろうかと不安になる暇があるなら、手を動かす。


 こういう緊張感みたいなものは、久しぶりだ。
 18〜19歳の頃以来。

 あの時は、社会性が低すぎることに危機感を覚えた。まともな人生を送れなくなる予感があった。コミュ力という言葉は当時は無かった気がするが、現代社会では社会性がものを言うのだということは、さすがに分かっていた。

 そして一応、何とかなった。曲がりなりにも社会に関わっていけるようにはなった。

 だからと言って、今回も上手くいくとは限らない。自信があるわけではない。

 ただ、不甲斐なさと自己嫌悪にまみれていた引きこもりの頃や、毎晩寝る前に憂鬱になっていた子供の頃を思えば、はるかに簡単で、楽勝のような気もしてくる。