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正義と微笑

numb_86のブログ

少しは生産的になるための方法論 2016年5月の活動報告と今後の方針

フツーのヒト


 今年も半分近くが終わった。
 1月に立てた目標やら方針やらは、いつの間にか薄れ、惰性で過ごすようになってしまっている。
 生産的に日々を過ごすための自分なりの方法論を作ったのに、それも忘れていた。

 無計画に突進し、やる気や根性だけで乗り切ろうとしても、成果は薄い。
 もっと合理的、科学的、手続き的にやらないといけない。闇雲にやるのではなく、効果的な手続きに沿って、整然と進んでいく。

 もう30歳だし、多少の教訓は持っている。失敗を積み重ねた結果、得たものだ。
 それを活かさずに同じ失敗を繰り返すのは阿呆。阿呆だし、そのままではきっと、何も成せないまま人生が終わってしまう。

 思い出すために、ここに書いておく。

 何よりも大切なのは、タスクを確実にこなすこと。
 そしてタスクをこなすために必要なのは、突き詰めれば、適切な目標の設定と、進捗の管理、だと思う。

 私がタスクをこなせないのは、どんどん先延ばしにしてしまうのは、遅延していくのは、意思が弱いからだとは思う。
 しかし、状況がそれを誘引してきたという側面もある。意思の弱さを引き出してしまう状況、というものがある。
 逆に言えば、意思の弱さを防ぎやすい状況、というものもある。そしてそのような状況を意図的に作ることが出来れば、今よりはタスクをこなせるようになるはず。

 目標が適切に設定されており、そしてきちんと進捗の管理を行っていれば、意志の弱さを誘発しにくくなると思う。

 では、適切な目標とは何か。

 現実的であること。非現実的なノルマを設定してしまうと、モチベーションを維持するのが難しくなる。すぐに諦めてしまう。「頑張れば出来る」と思えるから、頑張れるのだ。実力や状況から乖離した目標は、却って意欲を削ぐ。

 抽象的ではなく、具体的なノルマ。客観的なノルマ。客観的でないと、その時々で揺れてしまう。はっきりしない。定まらない。具体的でないと進捗の管理も出来ない。

 段階的なノルマ。ただ単に最終的なゴールだけ示されても、モチベーションを維持しにくい。距離が遠すぎると、萎える。近場にゴールを用意し、それを繰り返したほうが、やる気は出る。現在地と最終的なゴールの間に、チェックポイントをいくつも用意するイメージ。

 効果的な目標。大目標の達成に無関係なこと、効果の薄いことをやっていても、意味がない。

 個々のノルマはそれぞれ、現実的、具体的、段階的、という要素を満たしており、大目標の達成に向けてそれぞれのノルマが有機的につながっている。
 これが理想的な状態。

 上記のような目標が理想だが、どうすればそれを設定できるか。
 タスクを分解することが、有用だと思う。
 どんどん粒度を細かくしていく。
 ゴールから逆算して、何をすべきか導き出していく。そうして導き出されたタスクをこなすためには何が必要かを、また考える。これを繰り返し、「まず今やるべきこと」を見出す。

 一度決めたノルマを達成しようと頑張ることは大切だが、同時に、状況は常に見直すようにする。
 努力することは大切だが、その方向を間違えてはいけない。間違えれば、いくら努力しても前に進めない。しかも、苛立ちや焦燥感が募っていく。

 状況を見直す際に有用なのが、その作業やノルマの意味を問い直す、という視点。
 なぜその作業をするのか、何のためにするのか、という意味付け。
 目の前の作業は、他の作業や方針や目標と、どうつながっているのか。それを理解する。解きほぐす。それをやれば、やる意味が明確になるし、強く感じることが出来る。あるいは、もしかしたら実は不要な作業だったということが分かるかもしれない。

 そして、積極的に目標や計画を変更していく。
 どんなに緻密なノルマを設定し、必死にタスクをこなしても、必ず想定外のことは起こる。トラブルは絶対に起こる。状況は常に変化していく。

 トラブルが起きた際に適当に対応するから、どんどん崩壊していくのだ。
 しっかりと向き合い、改めて、全体像やノルマを設計し直す。
 大事なのは「絶対に遅れないようにすること」ではなく、遅れた時のカバーである。遅れを取り戻す、ではなく、遅れているなりに次善の策を打つ、のだ。
 絶対に遅れない、なんてのは有り得ないわけだし。

 あくまでも大切なのは、最終目標の達成である。前に作った方針や計画に拘泥してはいけない。