正義と微笑

numb_86のブログ

2018年10月


このブログでもう何度も紹介した気がするけど、雨宮まみさんのこの記事が好きだ。

d.hatena.ne.jp

雨宮さんがライターになった経緯や人生観が書かれているこの記事には深く共感する。

ライターになる前の自分は、たのしくなかった。何かを好きになったり、何かに感動したりはしていたけれど、ライターになる前の自分は、ほんとうには生きていなかったのと同じだと、今は思います。
(中略)
生まれてはじめて「死ぬかもしれないという恐怖」が「恥をかくかもしれないという恐怖」に勝ち、ずうずうしかろうがなんであろうが、なりふりかまっていられない気持ちになりました。

自分はまだ、生きていないかもしれない。

最近になってようやく、恥への恐怖より、死への恐怖が強まりつつある。
「死ぬかもしれないという恐怖」ではなく、「死んでしまうという恐怖」だけど。

確実に死んでしまうし、ああこれで俺の人生は終わりなんだなあと、そう思うことが最近増えた。
やり直すことは出来ないし、取り返しがつかない。
そう思うと、恥がどうとか思ってる場合ではないだろうという気持ちになる。
そんなことを気にしている間に、空っぽのまま人生が終わってしまう。

実際、そんな感じでこの歳まで来てしまった。
そうするしかなかったとはいえ、10代後半を引きこもりとして過ごしたのは、本当に無念だ。

以前は引きこもりを「ディスアドバンテージ」のように捉えていた。
その後の人生に不利に働くからという理由で、マイナスに捉えていた。
だけど最近は、それ自体を、引きこもっていたということ自体を、マイナスに捉えるようになった。
思い出がないことが、楽しめなかったことが、ただただ悲しいし、悔しい。
そしてそういうのは、今後の人生がどうなろうとも、帳消しには出来ない。もう取り返しがつかない。